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Fair Treatment of Non-Regular Employees

2021.01.06

More and more businesses in Japan employ non-regular employees (a category that includes part-time employees, fixed-term employees, and dispatched workers).  According to recent statistics announced by the Japanese government, 38.2% of Japanese workers are non-regular employees.  This has caused concern that differences in the treatment of regular and non-regular employees may be giving rise to a two-tier class system in the Japanese workplace.   In order to ameliorate this situation, recently new legislation restricting disparate treatment of regular and non-regular employees has been enacted, and this year the Japanese Supreme Court issued two sets of important decisions interpreting the new legislation.

 

1.The New Act on Work Style Reform

Japan enacted a new Act on work style reform in 2019.  In addition to other changes to employment law, the new Act provides that (i) unreasonable differences in the treatment of regular employees and non-regular employees are prohibited, and (ii) non-regular employees can request the employer to explain the details and reasons for such differences in treatment.  These requirements already apply to large companies, and for small and medium-sized companies, the requirements will apply from April 1, 2021. The Act also establishes an alternative dispute resolution system to deal with disputes regarding differences in treatment.

 

2.Supreme Court Rulings on Fair Treatment of Non-Regular Employees

Earlier this year, in just one week, the Japan Supreme Court issued five important rulings in two groups (on October 13, 2020 and October 15, 2020) regarding fair treatment of workers under the new Act on work style reform.

A. Bonuses and Retirement Allowances for Fixed-Term Employees

The first two cases, involving a former fixed-term employee at a university and two former fixed-term contract workers at a subway kiosk, dealt with bonuses and retirement allowances for fixed-term employees.  The employees brought claims for damages against their former employers, arguing that it was illegal for the company not to have paid them bonuses and retirement allowances because they had been performing the same duties as regular employees who did receive bonuses and retirement allowances.

Although the tasks of the regular employees and non-regular employees were essentially similar, the Supreme Court held that the refusal to pay bonuses and retirement allowances was not an “unreasonable difference” in light of the specific details of the duties (e.g., the level of difficulty of the work) and the degree of responsibility, etc., of the respective positions.  The Supreme Court also noted that the non-regular employees were not subject to being transferred to other work locations.

B. Allowances and Paid Leave for Non-Regular Employees

The other three cases dealt with non-regular postal employees seeking entitlement to family allowances, holiday extra pay, paid sick leave, and winter and summer paid leave.  In these cases, the Supreme Court held that it was illegal for Japan Post not to have given the benefits to non-regular employees.

One reason cited by the Court for this outcome was the purpose of the benefits.  For example, one of the benefits, holiday extra pay, is an allowance paid to postal workers during the year-end and New Year period when New Year’s postcards create a very large volume of mail.  The Court ruled that because the holiday extra pay constituted compensation for working during this difficult period, there was no reason to deny it to non-regular employees.

Similarly, in examining paid leave during summer and winter vacations, the Court noted that the purpose of the payments was to encourage employees to take time off in order to reinvigorate themselves, and so there was no reason to deny these payments to non-regular employees.

Notably, the Court did not credit Japan Post’s argument that the benefits provided to regular employees were based on the understanding that they would work continuously, because even though the non-regular employees’ contracts had to be renewed every six or twelve months, in actual practice Japan Post clearly expected the non-regular employees to be employed on a continuous basis.

 

3.Conclusion

These rulings do not mean that an employer never will be required to pay bonuses or retirement allowances to a non-regular employee, nor do they mean that every non-regular employee is entitled to receive family allowances, holiday extra pay, or paid leave.  Instead, as the Court repeatedly stated in these decisions, whether such differences in treatment are unreasonable must be decided on a case-by-case basis in light of the various relevant circumstances, such as (1) whether the details of the duties and the degree of responsibility of the non-regular employee are of the same level as those of a regular employee, (2) whether denial of a benefit is consistent with the purpose of the benefit, and (3) whether a company makes an actual practice of employing non-regular fixed-term employees on a continuous basis.  Accordingly, employers in Japan should take care to seek legal advice before establishing terms and conditions of employment that impose disparate treatment on regular employees and non-regular employees, in order to ensure that such disparate treatment can in fact be reasonably justified.

If you have any inquiries with regard to the above or if you need legal assistance in Japan, then please feel free to contact us.  Thank you.

Kengo Ishikawa | Partner | +81-3-3214-2491

Keith Finch | Foreign Counsel | +81-3-3214-2491

民法改正と契約書~第9回 契約不適合責任~

2020.10.07

1 改正の概要

売買の規定に関しては様々な改正がされましたが、特に平成29年改正前民法のいわゆる瑕疵担保責任について大きな変化がありました。

従前、売買契約の目的物に隠れた瑕疵がある場合(買主が瑕疵について善意無過失である場合)には、瑕疵担保責任が認められるとされていました。今回の改正により、売買契約の目的物に、契約の趣旨に適合しないものがあった場合、買主の瑕疵への認識にかかわらず、追完請求・修補請求や代金減額請求が認められることになりました。また、従前の「瑕疵」との文言が「契約の内容に適合しない」とされ、以下のように、内容だけでなく表現も大きく変わっています。

 

(1)買主の追完請求権

今回の改正により、売買の目的物について「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」(以下「契約不適合」といいます。)には、買主は売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができると定められました(改正民法562条1項)。

目的物が「契約の内容に適合しない」か否かは、「契約の性質、契約をした目的、契約締結に至る経緯その他の事情に基づき、取引通念を考慮して定まる」とされており、契約の内容だけではなく取引通念も考慮して総合的に判断されます。

目的物の修補と代替物の引渡しが両方とも可能である場合、原則として買主が追完方法を選択できますが、売主が選択する追完方法が買主に不相当な負担をかけるものでなければ、売主が選択できます。なお、契約内容の不適合が買主の帰責事由によるものである場合、買主は追完請求ができません(改正民法562条2項)。

(2)買主の代金減額請求権

 ア 催告による代金減額請求

売買の目的物に契約不適合があった場合、買主が売主に相当期間を定めて履行の追完を催告し、その期間内に履行の追完がされない場合には、買主は不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができます(改正民法563条1項)。この代金減額請求は、売主の帰責事由にかかわらず認められるものであるため、売主は契約不適合が売主の責めに帰することのできない事由によるものであるとの抗弁を主張することはできません。

イ 無催告での代金減額請求

また、以下の場合には、買主は催告をすることなく、直ちに代金の減額を請求することができます(改正民法563条2項)。

・履行の追完が不能であるとき

・売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示したとき

・契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、売主が履行の追完をしないでその時期を経過したとき

・上記のほか、買主が改正民法563条1項に定める催告をしても履行の追完を受ける見込みがないことが明らかであるとき

ウ 代金減額請求ができない場合等

契約不適合が買主の責めによるべき事由である場合、買主は代金減額請求ができません(改正民法563条3項)。また、代金減額請求は契約の一部解除の側面を有するものであるため、代金減額請求をしながら契約を一部又は全部解除することができません。

(3)契約解除の規定

従前、平成29年改正前民法の瑕疵担保責任は法定責任であると解され、これにより発生する損害賠償の範囲はいわゆる信頼利益に限られると考えられてきました。しかし、今回の改正により、契約不適合責任は債務不履行責任の一つであると整理されたため、契約不適合があった場合、債務不履行の一般規定により契約の解除、損害賠償の請求ができることが明らかにされました(改正民法564条)。

また、賠償の範囲についても、信頼利益だけでなく履行利益も含むこととなり、特別事情による損害についても、認められる可能性があります。

(4)解除の期間制限

平成29年改正前民法のもとでは、瑕疵担保責任に基づく解除及び損害賠償請求は、買主が瑕疵を知ったときから1年以内に行わなければならないとされていました(平成29年改正前民法570条、566条3項)。請求にあたっては「売主に対し、具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の根拠を示す」ことまで必要であり、しかも1年の除斥期間内に行うべきとされていました。

今回の改正により、売買の目的物に種類又は品質に関する契約不適合があった場合、買主が契約不適合を知ったときから1年以内にその旨を売主に通知しなければならないとされました(改正民法566条)。契約不適合の事実を通知すれば足りるため、従前よりも通知の負担は軽減されることになります。他方、目的物の数量等に関する契約不適合の場合、外形的に不適合があることが明らかであるため、消滅時効の規定(改正民法166条1項)によることになります。

なお、売主が目的物の引渡時に契約不適合の事実を知り、又は重過失により知らなかった場合には、1年の期間制限は適用されず、一般の消滅時効の規定によることとなります。また、商人間での売買における買主の検査及び通知義務(商法526条)の規定は維持されているため、従前どおり検査をする必要があります。

(5)競売の場合の担保責任について

平成29年改正前民法570条ただし書きでは、競売の場合、物に関する瑕疵担保責任の規定は適用されないとされていました。しかし、今回の改正により競売の目的物に種類又は品質に関する不適合以外の不適合(数量不足)及び権利に関する不適合があった場合には、契約の解除又は代金減額請求ができる旨を規定しました(改正民法568条1項~4項)。

数量不足に関しては、数量指示売買に該当しなくても、代金減額が認められる点で従前より扱いが異なることになります。

(6)目的物の滅失等についての危険の移転

従前、売買の目的物が当事者双方の責めに帰することのできない事由により滅失・損傷した場合には、原則として目的物の引渡時に危険が移転するとされてきました。

今回の改正により、売買の目的物が当事者双方の責めに帰することのできない事由により滅失・損傷した場合には、その滅失又は損傷を理由とする履行の追完請求や代金減額請求、損害賠償請求又は解除ができず、買主は代金支払義務を免れることができないとされました(改正民法567条1項。ただし、引渡後の滅失・損傷を理由として追完請求等ができないのみで、目的物に契約不適合があった場合、債務不履行責任を追及することは可能です。)。

また、売主が契約内容に適合する目的物を提供したにもかかわらず、買主が受領を拒んでいる間に、当事者双方の責めに帰することのできない事由により目的物が滅失・損傷したときも、上記と同様の扱いとなります(改正民法567条2項)。

 

2 経過措置

改正民法施行日前に締結された売買契約及びこれに付随する買戻しその他の契約については、なお従前の例によるとされています(附則34条)。したがって、売買契約締結日が改正民法施行日前後であるか否かによって適用される規定が異なります。

 

3 契約書に与える影響

売買契約の目的物が契約に適合しているか否かは、従来の瑕疵担保責任における瑕疵と同様、取引通念等を考慮して総合的に判断されるため、適合しているかどうかの判断基準は改正前後で変わりがないと考えられます。

他方、目的物に契約不適合があった場合の追完請求権(改正民法562条1項)の規定は任意規定であるため、買主の追完請求権、売主による追完方法の指定を排除することも可能です。しかし、契約の相手方が消費者である場合、消費者契約法違反の問題が生じるものであるため、同法に違反しないよう内容を精査する必要があります。

 また、今回の改正により目的物の滅失等による危険の移転のタイミングが引渡時であることが明らかにされましたが(改正民法567条1項)、任意規定であるためこれと異なる危険の移転時期を定めることも可能です。

弁護士 六角 麻由

 

民法改正と契約書~第8回 債権譲渡~

2020.10.07

1 改正の概要

平成29年改正前民法のもとでは、

・一身専属権等、性質的に譲渡ができない債権を除き、債権は自由に譲渡できる。

・ただし、債権者と債務者の間で、債権譲渡を禁止する特約は有効。したがって、当事者の合意により、債権譲渡を不可能とすることができる。

・債権の譲受人が債権譲渡禁止特約について善意かつ無重過失であった場合、債権譲渡禁止特約を譲受人に対抗することができず、債権譲渡は有効となる。

とされていました(平成29年改正前民法466条)。

しかし、最近では債権譲渡禁止特約があることで、債権譲渡による資金調達が妨げられている等の問題が生じたため、改正民法では債権譲渡禁止特約が付されている債権についても、債権譲渡は有効とされる等(改正民法466条)、債権譲渡について大きな改正がなされました。

(1)債権譲渡を制限する特約が付された債権の譲渡の効力

今回の改正により、債権譲渡を制限する特約が付された債権の譲渡は、譲受人が特約を認識していたか否かにかかわらず、有効となりました(改正民法466条2項)。ただし、譲受人が譲渡制限特約を認識していたかどうかによって、債務者が取りうる対応が変わってきます。

ア 譲受人が譲渡制限特約について善意又は、特約を知らないことについて重過失がない場合

債権譲渡は有効であり、譲受人が債務者に対する債権譲渡の対抗要件を具備していれば、債務者は譲受人に履行をしなければなりません。

 

イ 譲受人が譲渡制限特約について悪意又は、特約を知らないことについて重過失がある場合

この場合も債権譲渡は有効ですが、債務者は次の対応をとることができます。

(ア)譲受人に債務の履行を行う。

(イ)譲受人に対する債務の履行を拒絶し、債権者(譲渡人)に対する弁済等の履行をして、債権が消滅したらその旨を譲受人に主張する(改正民法466条3項)。
なお、債務者が譲受人への履行を拒絶し、債権者(譲渡人)からの履行請求にも、債権譲渡を理由に履行を拒絶することを防止するため、譲受人は債務者が債務を履行しない場合、次のような対応をとることができます。

①譲受人その他の第三者が債務者に対し、相当期間を定めて債権者(譲渡人)へ弁済等の履行をするよう催告する。

②その期間内に履行がされなければ、債務者は譲受人への弁済拒絶等の改正民法466条3項に定める抗弁を主張できなくなるので(改正民法466条4項)、譲受人が自分への履行を請求する。

(ウ)(金銭の給付を目的とする債権の譲渡の場合)供託をする(改正民法466条の2第1項)。
ウ なお、譲渡制限特約付きの金銭債権が譲渡され、その後債権者(譲渡人)が破産した場合には、その債権の全額を譲り受けた者が譲渡制限特約について悪意又は重過失であっても、債務者に供託を求めることができます(改正民法466条の3)。

(2)悪意の譲受人の債権者が差押えをした場合の効力について

前記(1)イ(イ)のとおり、債務者は、譲渡制限特約について悪意又は知らなかったことについて重過失のある譲受人その他の第三者への履行を拒絶できます。この場合、譲受人の債権者が譲渡債権を差し押さえたとしても、債務者は譲受人の債権者に対し、履行を拒絶することができ、債権者(譲渡人)への履行をすることが可能です(改正民法466条の4第2項)。

(3)将来債権の譲渡性の明文化

平成29年改正前民法では、将来発生する債権の譲渡については、明文の規定がありませんでしたが、有効であるとされてきました。今回の改正により、将来債権の譲渡が有効であるとの規定が新たに設けられ(改正民法466条の6第1項)、譲渡後に債権が発生した場合には、譲受人が発生した債権を当然に取得することが明らかにされました(同条第2項)。

また、将来債権の譲渡について、債務者への対抗要件が具備されるまでの間に譲渡制限の意思表示がされた場合、譲受人は特約について悪意とみなされます(改正民法466条の6第3項)。

(4)債権譲渡の対抗要件について

平成29年改正前民法では、債務者が「異議をとどめない承諾」をすることで、債権者(譲渡人)に主張できた抗弁を譲受人に対抗できなくなるとされていました(平成29年改正前民法468条1項)。今回の改正により、異議をとどめない承諾による抗弁切断の規定が廃止されたため、今後、債務者から抗弁の放棄を受けるためには、放棄の意思表示を得る必要があります。

(5)相殺について 

平成29年改正前民法では、債務者が譲受人に抗弁を主張できる場合については、改正前民法468条2項の規定しかなく、債務者が相殺を主張できる場合は解釈に委ねられていました。

今回の改正によって、債務者は、対抗要件が具備される前に取得した譲渡人に対する債権による相殺を譲受人に対抗できる(改正民法469条1項。なお、対抗要件具備後に他人に対する債権を取得した場合は相殺を対抗できません。)ことが明らかにされました。

また、債権者が対抗要件具備後に取得した債権者(譲渡人)に対する債権であっても、①対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権、②譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権、であれば、債務者は譲渡人に対する債権による相殺を譲受人に対抗できるとされました(改正民法469条2項)。

ここでいう譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて発生した債権とは、「譲渡された将来の売買代金債権と、当該売買代金債権を発生させる売買契約の目的物の瑕疵(契約不適合)を理由とする買主の損害賠償請求権との相殺」が例として挙げられます。今後は、どのような債権が上記②の債権に該当するのか、判例・実務の集積が待たれます。

 

2 経過措置

改正民法施行日前に債権譲渡の原因である法律行為(売買等)がされた場合の債権譲渡については、平成29年改正前民法が適用されます(附則22条)。

 

3 契約書に与える影響

これまでは、継続的な取引を行う際の基本契約で、債権譲渡禁止特約を付している例が多数ありましたが、今後は譲渡禁止特約を付していても債権譲渡が有効とされるため実務に大きな影響があります。なお、債権譲渡が有効とされたとしても、譲受人が譲渡制限特約について悪意又は重過失であれば、債務者はなお債権者(譲渡人)に弁済をして譲受人に対抗することができるため、譲渡制限特約を設ける意義はなお存続するものと考えられます。

弁護士 六角 麻由

民法改正と契約書~第7回 消滅時効~

2020.09.10

1 改正の概要

(1)消滅時効期間と時効の起算点の変更

平成29年改正前民法のもとでは、権利行使が可能な時から消滅時効が進行し、時効期間は原則として10年とされていましたが(平成29年改正前民法167条1項)、商事債権については5年(改正前商法522条)、その他一部債権については1~3年の短期消滅時効が定められている等(平成29年改正前民法170条~174条)、複雑な内容となっていました。

改正民法では、上記の短期消滅時効の規定はすべて廃止され、

①権利行使可能な時から10

  又は

②権利行使が可能であることを知ったときから5

のいずれかの期間が経過することにより、時効が完成することになり(改正民法166条)、人の生命・身体の侵害による損害賠償の請求権に関してのみ、(2)で定める例外が定められることになりました。

(2)損害賠償請求権の時効期間の特則

ア 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効

前記(1)のとおり、改正民法では原則として消滅時効期間は権利行使可能時から10年、又は権利行使が可能であることを知ったときから5年となりました。しかし、生命・身体の侵害による損害賠償請求権については、権利行使の機会を十分に確保するため、権利行使が可能な時から20年、又は権利行使が可能であることを知ったときから5年と時効期間が伸長されています(改正民法167条)。

イ 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効

従前、不法行為による損害賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知った時から3年で時効により消滅し、不法行為時から20年を経過した場合も同様とする(なお、20年に関しては除斥期間と解されていました)とされていました(平成29年改正前民法724条)。

今回の改正により、不法行為による損害賠償請求権については

① 被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知ったときから3年

   又は

② 不法行為時から20年

のいずれかの期間が経過することにより時効が完成するとされ、②についても除斥期間ではなく、時効期間であることが明記されるようになりました(改正民法724条)。

ただし、人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権については、前記(2)アと同様の理由により、権利行使可能な時から20年、被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知ったときから5とされています(改正民法724条の2)。

(3)時効の完成猶予と更新

平成29年改正前民法では、消滅時効の進行を止めるものとして、時効の中断(時効の進行がリセットされ、新たに時効期間が進行する)・停止(時効の進行が一時停止する)という概念がありました。また、裁判上の請求等、一部の時効中断事由については、取り下げ等一定の理由により終了した場合には、さかのぼって時効中断の効力が生じないとされており(平成29年改正前民法149条~152条、154条)、わかりづらい内容になっていました。

今回の改正により、時効期間の進行がリセットされる場合が「時効の更新」、時効期間の進行が一時停止する場合が「時効の完成猶予」と呼ばれるようになり、消滅時効の進行がリセットされる場合等について、以下のとおり整理されました。

ア 裁判上の請求等について(改正民法147条)

裁判上の請求、支払督促の申立、民事訴訟法275条1項の和解又は民事調停法もしくは家事事件手続法による調停、破産手続参加又は更正手続参加がされた場合

①これらの事由が終了するまでは時効が完成しない。

②上記事由が終了した場合、終了時から新たに時効が進行する。確定判決等により権利が確定した権利については、時効期間は10年となる(改正民法169条)。

③ただし、確定判決等により権利が確定することなく、上記事由が終了した場合には、時効の更新はされず、事由の終了時から6ヶ月を。経過するまでは時効が完成しないという時効の完成猶予の効力が生じるのみ

イ 強制執行等について(改正民法148条)

強制執行、担保権の実行、民事執行法195条の形式的競売、民事執行法196条の財産開示手続きがされた場合

①これらの事由が終了するまでは時効が完成しない。

②上記事由が終了した場合、終了時から新たに時効が進行する。

③ただし、申立ての取り下げ、法律の規定に従わないことによりその事由が終了した場合には、終了時から6ヶ月を経過するまでは時効が完成しないという時効の完成猶予の効力が生じるのみ。

 ウ 仮差押え等について(改正民法149条)

仮差押え、仮処分がされた場合

事由が終了したときから6ヶ月を経過するまでは時効が完成しないという、時効の完成猶予の効力が生じるのみ。

 エ その他

債務の承認による時効の更新(改正民法152条)、催告による時効の完成猶予(改正民法150条)が明文化されたほか、天災等による時効の完成猶予期間が3ヶ月になる(改正民法161条)等の改正がされています。

(4)協議による時効の完成猶予

改正民法では、当事者間の権利について協議を行う旨の合意が書面(電磁的記録を含む)でされた場合には、以下に定めるいずれかの期限が到来するまでは、時効の完成が猶予される旨の規定が新設されました(改正民法151条)。

①合意時から1年を経過したとき

②合意において、1年以内の協議期間を定めた場合には、その期間経過時

③当事者の一方が相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でしたときは、その通知の時から6ヶ月を経過したとき

なお、合意により時効の完成が猶予されている間に、再度協議を行う旨の合意をしたときは、再度時効の完成を猶予させることができますが、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべきときから、5年を超えることはできません。

また、協議期間中に催告がされても、当該催告に時効の完成猶予の効果はなく、催告により時効の完成が猶予されている間に書面による協議の合意がされても、その合意に効力は生じないため、注意が必要です。

 

2 経過措置

(1)債務不履行責任について

改正民法施行日前に債権が生じた場合にはなお改正前民法が適用され(附則10条4項)ます。ここでいう「施行日前に債権が生じた場合」には、債権の発生原因となる法律行為が施行日前にされたときを含みます(附則10条1項)。したがって、施行日前に請負契約を締結し、その後請負業務が完了して報酬が発生した場合の報酬請求権の消滅時効は、なお改正前民法によると考えられます

生命・身体侵害の場合の特則については、改正民法施行日前に生じた債権についてはなお従前の例によるため、適用されません(附則10条4項。なお、「施行日前に債権が生じた場合」の解釈は上記のとおりです。)。

改正前民法における時効の中断、停止についても、改正民法施行日前に生じたものについてはなお従前の例によるとされていますが(附則10条2項)、協議を行う際の合意による時効の完成猶予については、改正民法施行日後に書面が作成されれば、施行日より前に発生した債権であっても改正法の適用を受けることになります(附則10条3項)。

(2)不法行為責任について

改正前民法施行日前に、平成29年改正前民法724条後段の期間(不法行為時から20年)を経過していないものについては、改正民法の時効期間が適用され、すでに経過しているものについては従前の例によるとされています(附則35条1項)

生命・身体侵害の場合の特則については、改正民法施行日前に時効が完成していないものについて適用され、すでに時効が完成しているものには適用されません(附則35条2項)。

 

3 契約書に与える影響

消滅時効に関する規定は強行法規であり、時効の利益を事前に放棄できないことに変わりはないため、契約書の文言への影響は少ないと考えられます

しかし、客観的に権利行使が可能である時から5年以上経過した後に、権利行使が可能であることを知った場合、権利行使が可能であることを知ったときから5年ではなく、権利行使可能な時点から10年で消滅時効が完成してしまう場合があるなど(改正民法166条)、一定の場合には、権利行使ができる期間が従前よりも短くなることもあり、迅速に権利行使を行う必要があります。したがって、権利の行使や債権の管理には、改正前よりもより一層注意を払う必要が出てきます。

弁護士 六角 麻由

 

民法改正と契約書~第6回 保証契約(連帯保証・根保証)~

2020.09.08

1 改正の概要

保証債務には、通常の保証債務、連帯保証債務、根保証債務等様々な種類があります。今回の改正では、根保証債務の場合、保証人の種類(法人か個人か)、根保証債務の対象に貸金等債務(主たる債務の範囲に金銭の貸し渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務)が含まれるかによって、異なる規制がされるようになる等、個人の保証人が過大な保証債務を負わないようにする方向で改正がされています。

(1)連帯保証人について生じた事由の効力

従前は、連帯保証人に対する履行の請求がされたり、連帯保証人について契約の更改、相殺、免除、混同、時効の完成が生じたりした場合、その効力は主たる債務者にも及ぶとされていました(改正前民法458条、434条~440条)。しかし今回の改正によって、連帯保証人について契約の更改、混同が生じた場合にのみ、その効力が主たる債務者に及ぶものとされ、連帯保証人に履行の請求をしても、主たる債務者にその効力は及ばないものとされました(改正民法458条)。

(2)個人が行う根保証契約における極度額の設定

平成29年改正前民法のもとでは、個人が行う貸金等債務の根保証契約については、極度額の定めが必要とされていましたが、それ以外の根保証契約(継続的な取引にかかる売買代金債務を主たる債務とする根保証契約等)については、極度額の設定は不要でした。しかし、今回の改正により、個人が行うすべての根保証契約について、極度額の設定が必要とされるようになり(改正民法465条の2第1項)極度額を設定していない根保証契約は無効となることも定められました(改正民法465条の2第2項。なお改正の前後を問わず、極度額の定めは書面又は電磁的記録により行わなければなりません。)。

(3)根保証契約の元本確定事由

これまでは、個人が行う貸金等根保証契約について、①債権者が主債務者又は保証人の財産にについて、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき、②主債務者又は保証人が破産手続の開始決定を受けたとき、③主債務者又は保証人が死亡したときに元本が確定するとされていました(平成29年改正前民法465条の4)。

今回の改正では、個人が行う根保証契約と、個人が行う貸金等根保証契約それぞれに異なる元本確定事由が定められました(改正民法465条の4)。

ア 個人が行う根保証契約の元本確定事由(改正民法465条の4第1項)

・債権者が保証人の財産について、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき
・保証人が破産手続開始決定を受けたとき
・主債務者又は保証人が死亡したとき

イ 個人が行う貸金等根保証契約の元本確定事由

・前記アの場合
・債権者が主債務者の財産について、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき
・主債務者が破産手続開始決定を受けたとき

(4)事業に関する債務についての保証契約の特則

中小企業への融資が行われる場合、金融機関から会社の代表者・その親族が保証人となるよう求められることが多々ありましたが、この場合の保証債務は高額になり、保証人が生活破綻に追い込まれることも多く、問題視されてきました。

個人の保証人が予想外の債務を負担することがないよう、今回の改正により、①事業のために負担した貸金等債務を主債務とする保証契約を締結する場合、又は②主債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約を締結する場合には、保証契約の締結に先立ち、保証契約締結日の前の1ヶ月以内に公正証書を作成して保証債務の履行意思を表示しなければ、保証契約は効力を生じないこととされました(改正民法465条の6第1項)。

ただし、以下の場合には公正証書作成による保証意思の表示は不要です。

主債務者 保証人となるとする者
制限なし 法人(改正民法465条の6第3項)
法人 当該法人の理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる者である場合(改正民法465条の9第1号)
法人 主債務者の議決権の過半数を有する等、改正民法465条の9第2号イないしニに定める者
法人以外
(個人事業主等)
主債務者と共同して事業を行う者、又は主債務者が行う事業に現に従事している主債務者の配偶者(改正民法465条の9第3号)

(5)情報提供義務の創設

保証契約を締結するにあたり、主債務者の経済状況を知ることは保証人にとって重要であることから、保証契約の締結時、保証人から請求があったとき、期限の利益喪失時に保証人に対する主債務者の経済状況等の開示義務が定められました。

ア 保証契約締結時の情報提供義務(改正民法465条の10)

【情報提供が必要な場合】

・事業のために負担する債務を主債務とする保証又は主債務の範囲に事業のために負担する債務が含まれる根保証の委託をする場合

【情報提供義務者】

・主債務者

【情報提供対象者】

・保証人(保証人が法人である場合を除く)

【提供すべき情報】

・財産及び収支の状況
・主債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況
・主債務の担保としてほかに提供し、又は提供しようとするものがあるときはその旨とその内容

【情報提供を怠った場合の効果】

・正確な情報を提供しない等した結果、保証人が誤認して保証契約を締結した場合、債権者が情報提供を怠ったことについて知っていたか、知ることができたときは、保証人は保証契約の取り消しが可能

イ 保証人の請求による情報提供義務(改正民法458条の2)

【情報提供が必要な場合】

・主債務者の委託を受けて保証人が保証した場合で、保証人が請求したとき

【情報提供義務者】

・債権者

【情報提供対象者】

・保証人(法人の場合も含む)

【提供すべき情報】

・主債務の元本及び主債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たるすべてのものについての不履行の有無、これらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額

【情報提供を怠った場合の効果】

・債権者から保証人に対する債務不履行となるため、保証人から債権者に対する損害賠償請求、保証契約の解除等

ウ 期限の利益喪失時の情報提供義務(改正民法458条の3)

【情報提供が必要な場合】

・主債務について期限の利益があるときに、期限の利益を喪失した場合、債権者が期限の利益の喪失を知ったとき

【情報提供義務者】

・債権者

【情報提供対象者】

・保証人(保証人が法人である場合を除く)

【提供すべき情報】

・主債務者が期限の利益を喪失したこと(なお、債権者が期限の利益喪失を知ったときから2ヶ月以内に通知しなければならない)

【情報提供を怠った場合の効果】

・債権者は保証人に対し、期限の利益喪失時から期限の利益喪失の通知までに発生した遅延損害金に関する保証債務の履行請求ができない

 

2 経過措置

改正民法施行期日前に締結された保証契約にかかる保証債務については、現行民法が適用されます(附則21条)。したがって、保証債務の履行が改正民法施行期日後であっても、保証契約が改正民法施行日までに締結されていれば、なお従前の規定が適用されます。

 

3 契約書に与える影響

個人の根保証契約については、主債務が何であっても極度額の設定が必要となり、極度額の設定がない場合、根保証契約が無効となるため、必ず契約書に極度額を定める必要があります

また、前記1(4)の公正証書作成が必要となる場合、公正証書を作成してから1ヶ月以内に保証契約が締結されなかった場合、再度公正証書の作成が必要になりますので、保証契約を締結するタイミングも重要になってきます。なお、主債務者と一定の関係にある者は公正証書の作成が免除されますが、主債務者の行う事業に現に従事している配偶者の業務従事性については、厳格に解すべきと考えられており、安易に公正証書の作成が免除されるわけではない点にも留意する必要があります。

弁護士 六角 麻由

民法改正と契約書~第5回 契約解除~

2020.08.18

1 改正の概要

(1)債務者の帰責事由要件の撤廃

平成29年改正前民法543条では、履行の全部又は一部が履行不能となった場合、債権者は契約の解除ができるものとし、ただし書きで「その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」とされていました。従前は、この部分の解釈として、債務不履行による契約解除をするためには、債務者の帰責事由が必要であるとされていました。

しかし、改正民法543条では、この部分が削除され、債務者の帰責事由がなくても、債務不履行による契約の解除が認められることになりました(なお、債権者の帰責事由により債務不履行となった場合に債権者からの契約解除を認めるのは不当であることから、この場合には債権者は債務不履行による契約解除ができません。)。

 

(2)債務不履行解除の条件の整理

平成29年改正前民法では、①履行遅滞等による解除権(平成29年改正前民法541条)、②定期行為の履行遅滞による解除権(同542条)、③履行不能による解除権(同543条)が定められていました。

改正民法では、催告による解除(改正民法541条)、催告によらない解除(改正民法542条)という解除の手続きによる整理がなされたほか、債務不履行の程度が軽微である場合位には、解除が不能である旨が明文化されました

 

(3)解除制度のまとめ

改正民法のもとで債務不履行が発生した場合の解除の条件は、以下のようになります。

ア 契約の全部について、解除を行いたい場合

(ア)無催告解除ができる条件(改正民法542条1項)

①債務の全部の履行が不能であるとき

②債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき

③債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき

④契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき

⑤その他、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき

上記条件を満たさない場合には、催告なしでの契約の全部解除ができないため、次の(イ)の手続きを踏む必要があります。

(イ)催告による解除を行う条件(改正民法541条)

・債務不履行をした相手方に対し、相当の期間を定めて履行をするよう催告を行う。

・相手方が期間内に何の対応もしなければ、契約の解除が可能となります。他方、相手方が履行をするか、履行したものの、軽微な部分のみ不履行があるような場合には、契約の解除はできません(改正民法541条ただし書き)。

イ 契約の一部について、解除を行いたい場合

(ア)無催告解除を行う条件(改正民法542条2項)

①債務の一部の履行が不能であるとき

②債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき

上記条件を満たさない場合には、無催告での契約の一部解除ができないので、次の(イ)の手続きを踏む必要があります。

(イ)催告による解除を行う条件(改正民法541条)

・債務不履行をした相手方に対し、相当の期間を定めて履行をするよう催告を行う

・相手方が期間内に何の対応もしなければ、契約の解除が可能となります。他方、相手方が履行をするか、履行したものの、軽微な部分のみ不履行があるような場合には、契約の解除はできません(改正民法541条ただし書き)。

 

2 経過措置

新法施行日(令和2年4月1日)前に契約が締結された場合、その契約の解除については旧法が適用されます。

 

3 契約書に与える影響

今回の改正により、催告後の債務の不履行が軽微である場合には解除ができない旨が定められましたが(改正民法541条ただし書き)、これは従前の判例の立場を明文化したものであるため、実務的な影響は大きくないと考えられます。また、従前は債務者が履行を拒絶していても催告をする必要がありましたが、今回の改正で、「履行を拒絶する意思を明確に表示したとき」(改正民法542条1項2号、同2項2号)には無催告解除ができる旨が定められました。無催告解除が認められる履行拒絶とはどのようなものであるかは、事例の集積を待つ必要がありますが、履行拒絶の意思を1回示しただけでは足りず、書面による拒絶・繰り返しの拒絶が必要であると考えられますので、注意が必要です。

弁護士 六角 麻由

 

 

新型コロナウイルス法律相談第3回「善管注意義務と経営判断の原則」

2020.07.31

【質問】

ある株式会社の取締役をしています。新型コロナウイルスの感染拡大により、会社の将来の見通しが立たない状況が続いています。このような状況下における取締役としての判断の結果として会社に損失が生じた場合、常に会社に対する損害賠償責任等を負うのでしょうか。

 

【回答】

取締役は会社に対する善管注意義務を負っており、その義務を怠った場合には、会社に生じた損害を賠償する責任を負うものとされています。しかしながら、善管注意義務違反の有無の判断においては、取締役の経営裁量を重視するいわゆる「経営判断の原則」が認められており、取締役はその判断の結果として会社に生じた損失について常に責任を負うものではありません。

 

【解説】

1.取締役の善管注意義務

取締役は、会社に対する善管注意義務(会社法330条、民法644条)を負っており、その義務を怠った場合には、会社に生じた損害を賠償する責任を負います(会社法423条1項)。この善管注意義務の水準は、その地位・状況にある者に通常期待される程度のものとされています。

2.経営判断の原則

しかしながら、取締役には、会社の維持・成長のため、新規ビジネスへの参入や将来の市場の変化を見越しての先行投資などの積極的な判断を期待される場合があります。また、目前に迫っている危機的状況を回避するため、不確実な状況において、時間的な制約がある中で迅速な判断を迫られる場合もあります。このような判断の結果、会社に損失が生じ、または、本来得られていたはずの利益が得られなかった場合において、事後的・結果論的に評価されて責任を問われるのでは、取締役の判断を委縮させるおそれがあり、取締役にとって酷であるばかりか、株主にとっても望ましいことではありません。

そこで、善管注意義務違反の有無の判断においては、取締役の経営裁量を重視するいわゆる「経営判断の原則」が認められており、取締役の経営判断についてはその責任を問うことに慎重であるべきであると考えられています。

もっとも、経営判断の原則も無制限に適用されるものではありません。同原則が適用されるためには、①判断の前提となった事実認識に重要または不注意な誤りがないこと②判断の過程において、当時の状況に照らして合理的な情報収集・調査・照会・検討などが行われていること③判断の内容が、当時の状況に照らして企業経営者として著しく不合理・不適切でないことが必要とされています(最判平成22年7月15日、東京地判平成5年9月16日等)。また、デューデリジェンス調査や社内の意思決定プロセスを経ていること(東京高判平成28年7月20日)、専門家の意見を聴取しておくこと(最判平成22年7月15日)のほか、予見されるリスクを低減するための対策をとっておくことなども、経営判断の原則の適用における判断要素になり得ると考えられます。

3.新型コロナウイルスの影響下における経営判断の原則

経営判断の原則は、新型コロナウイルスの感染拡大による昨今の状況下における取締役の判断についても適用されると考えられます。しかしながら、その適用に際しては、特に留意が必要な点がいくつかあります。

まず、本日現在においても新型コロナウイルスの収束の時期の見通しが立たないことから、将来の予測が困難な状況にあります。このような状況下においては、ポジティブな要素に偏りすぎず、最悪の事態も想定した上で判断をすることが望ましいと考えられます。

次に、いわゆる緊急事態宣言や外出自粛要請による移動制限・事業所の一時閉鎖などにより、十分な情報収集・調査が実施できないことが想定されます。この点、締結済みの契約履行の場面では、判断の時間が限られており、義務に違反した場合には債務不履行責任を問われる可能性があることから、調査できた範囲内の情報に基づき判断せざるを得ない場面が多いように思われます。これに対して、新規の契約締結の場面では、情報収集・調査・照会・検討などが十分に実施できなければ、契約締結を延期することなども検討する必要があると考えられます。

また、新型コロナウイルスの影響下における企業経営者の判断について、何をもって合理的・適切とするか、明確な基準があるわけではありません。後で合理性・適切性に疑義が生じないよう、所定の社内手続を遵守するとともに、特に判断の根拠を明確にし、記録を残しておく必要があると思料されます。

 

弁護士 田村 伸吾

新型コロナウイルス法律相談第2回「株主総会開催」

2020.06.25

【質問】

1. 新型コロナウイルスの問題に起因して定時株主総会の開催準備が遅延しているときにどのような措置をとることができますか。

2. 定時株主総会の開催にあたり、新型コロナウイルスの感染を防止するためにどのような措置をとることができますか。

 

【回答】

1. 定時株主総会の開催準備が遅延しているときにとり得る措置

(1) 定時株主総会の開催を延期すること(基準日の変更)

定款に定時株主総会の開催時期を定めている場合でも、天災その他の事由に起因して所定の時期に開催できない状況が生じたときにまで、例外を許さないものではないと解されます。したがって、先般の新型コロナウイルスの感染拡大によって、定款の定める時期に定時株主総会を開催できない状況にある場合には、その状況が解消されたのち合理的な期間内にこれを開催すればよいと考えられます。この場合、会社は、新たに議決権を行使するための基準日を定めて、当該基準日の2週間前までに公告する必要があります(会社法第124条3項本文)。

(2) 2段階に分けた定時株主総会の開催(「継続会」の利用)

新型コロナウイルスの問題に起因して、事業報告や計算書類の内容報告などの準備に遅れが生じ、これらの報告が予定された定時株主総会の期日に間に合わない場合も考えられます。このような場合には、以下のように、「継続会」の制度を利用することにより定時株主総会を2段階に分けて開催することができます。

株主総会ではその延期または続行の決議をすることができ(会社法第317条)、これらの決議に基づいて後日開催される株主総会を「継続会」と呼びます。

この「継続会」を利用して、定時株主総会を2段階に分けて開催する方式をとることができます。この方法による場合、まずは予定どおり株主総会を開いて剰余金の処分や役員の選任などを決議するとともに、継続会の期日及び場所をも決議し、これに従って後日継続会を開催して計算書類の内容等の報告などを行うことになります。

2. 定時株主総会の開催に当り新型コロナウイルスの感染拡大を防止するための措置

(1) 「3密」の発生を避けるための方策

株主総会の会場に多数の株主が来場した場合、3つの「密」(密閉・密集・密接)が生じてしまうことが懸念されます。そこで、株主の健康への影響を考慮して、以下の措置をとることが考えられます。

①株主総会の招集通知などで、感染拡大防止の一環として、株主に来場を控えるように呼びかけること。(この場合、書面や電磁的(デジタル)方法により事前に議決権行使を行うための方法を案内することが望まれます。)

②自社の会議室を利用するなど、例年より会場の規模を小さくすることにより入場できる株主の人数を制限すこと。

③株主総会への出席希望者に事前の登録を依頼し、事前登録した株主を優先的に入場させること(この場合、すべての株主に平等に登録の機会を提供するとともに、株主総会への出席の機会を不公正に奪わないように配慮が必要となります)。

④さらに、株主総会を開催するための会場を設定しつつも、株主は会場にて出席せずに開催することも可能です。この場合、決議の成立に必要な定足数や賛成数などの要件は、書面や電磁的方式による事前の議決権行使を認めることにより満たすことになります。

⑤また、株主総会の会場にいない株主が、インターネット等の手段を用いて、株主総会に参加して審議を傍聴する方式、または、株主総会に出席して審議に加わり議決権を行使する方式をとることも可能です(ハイブリッド型バーチャル株主総会)。

(2) その他の感染拡大の防止のための方策

株主総会に来場する株主等への感染を防止するために、以下のような措置をとることが考えられます。

①一部の役員につきウェブ会議システムを用いて出席すこと。

②入口に検温器を設置したり、発熱や咳などのウイルスの罹患が疑われる症状を有する方の入場をお断りしたり、退場してもらったりすること。

株主が会場に滞在する時間を短縮するために、報告事項につき詳細説明を省略する、議事の時間を短くする、株主総会後の交流会等を中止するなどの対応をとること。

弁護士 根本 農

新型コロナウイルス法律相談第1回「休業手当」

2020.06.25

【質問】

今後ふたたび新型コロナウイルスの感染が拡大し、再度の緊急事態宣言が出されるに伴って政府が従業員への感染防止を目的として通勤をやめるように強く要請する事態に至った場合、会社が従業員に休業させる際に休業手当を支払う必要がありますか(※注)。

 

【回答】

1.労働基準法上、従業員の休業が「使用者の責に帰すべき事由」による場合には休業手当の支給が必要となります。

2.在宅勤務など代替の就業方法がないかどうかを十分に検討しても従業員を業務に従事させることが不可能であるときには「不可抗力」による休業といえるので、休業手当の支給は不要となります。

3.但し、「不可抗力」による休業の場合でも、会社が任意で休業手当を支給することは可能です。また、状況に応じて「雇用調整助成金」を利用することも考えられます。

 

【解説】

労働基準法第26条は「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。」と定めます。この手当は一般に「休業手当」と呼ばれます。

政府の強い要請に従って、新型コロナウイルスへの感染防止を目的として従業員を休業させる場合に、「使用者の責に帰すべき事由による休業」にあたるものとして、休業手当の支払が必要となるのでしょうか。

一般に、休業が「不可抗力」による場合には「使用者の責に帰すべき事由」には該当せず、休業手当の支給は不要と解されています。そして、ここにいう「不可抗力」とは、行政解釈によれば以下の2つの要件を満たす必要があります。

①原因が事業(人的・物的営業設備)の外部より発生すること
②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること

 新型コロナウイルスの問題における「不可抗力」の解釈について、厚生労働省は以下の見解を示します。

例えば、自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分検討するなど休業の回避について通常使用者として行うべき最善の努力を尽くしていないと認められた場合には、『使用者の責に帰すべき事由による休業』に該当する場合があり、休業手当の支払が必要となることがあります。

厚生労働省の見解は、たとえ感染防止を目的として通勤をさせない場合であっても、使用者に対し、従業員の収入の途を閉ざさないように可能な限り代替の就業方法を確保することを求めているものと解されます。

以上より、在宅勤務などの代替の就業方法がないかどうかを十分に検討したうえで、業務に従事させることが不可能であるときは、休業が「不可抗力」によるものですので休業手当を支払うことは不要となります。

但し、休業手当の支払が不要な場合でも、会社が任意にこれを支払うことは禁止されません。

また、何らの手当をも支払わずに休業させた場合には、従業員の生活が困窮してしまう、または従業員が退職してしまう等の懸念もあると思います。したがって、会社の判断により休業手当を支給することも考えられます。

また、経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、休業等の措置により従業員の雇用を維持したときは「雇用調整助成金」を受給できる場合があります。特に、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた事業主については「雇用調整助成金」の支給要件を緩和する特例措置が設けられていますので、この制度を利用することも考えられます。

※注:この場合、厳密には、従業員が給与(賃金)全額を請求できるかも問題となり得ます。使用者の措置により従業員が就業できなくなった場合は、民法の危険負担(民法536条2項)の考え方にもとづき、就業できないことが使用者の責に帰すべき場合(これは、故意・過失または信義則上これと同視すべき場合を指すと考えられています。 )には賃金の請求権が肯定されますが、少なくとも再度の緊急事態宣言に伴う政府の強い要請に従って従業員を休業させる場合において、上記の意味での使用者の帰責性が認められることは考えがたく、したがって賃金の請求権が認められる可能性は低いものと考えます。

弁護士 根本 農

新型コロナウイルス法律相談記事の連載を始めます

2020.06.25

本年5月に新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が解除されてからも、引き続きの感染予防対策や「新しい生活様式」への対応が求められています。当事務所にも新型コロナウイルス感染症拡大に関連するご依頼・ご相談が多数寄せられていますが、このたび、新型コロナウイルス感染症拡大に関連する様々な法律問題について、当ブログに掲載を始めることにしました。

日常の疑問点の解決や、当事務所にご依頼・ご相談される際の参考にしていただければと思います。

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