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外国の裁判所を専属的管轄裁判所とする合意の効力

2023.04.10

国際的商取引契約においては、当該契約に関して契約当事者間に紛争が生じて訴訟を提起する場合にいずれの国の裁判所を専属的管轄裁判所とするかについて、あらかじめ合意してこれを契約条項中に定めておくのが通例である。

当職らは、この国際裁判管轄合意の有効性が争われた損害賠償請求訴訟の被告訴訟代理人を務めて、被告の本社所在地であるアメリカ合衆国ミネソタ州の裁判所を専属管轄と定めた合意が有効であり、日本の裁判所の裁判権が排除されるとして原告の訴えを不適法却下する旨の判決を得た(東京地裁令和4年10月26日判決。控訴はなく確定)。本判決において示された争点に関する判断は、同様の紛争を処理しようとする場合、更には同様の契約を締結するに当たって管轄合意をしようとする場合に参考になると思われるので、関連する裁判例や文献も引用しつつ紹介する。

1 前提となる事実関係

(1) 本件契約は、原告が特殊な製品を量産製造して被告に継続的に供給することを約束する内容のものであったところ、それが実行される前に破棄されたことから、原告は、被告に信義則上の義務違反があり、これが契約締結上の過失に当たるとして、本件契約の準備段階(本件契約に向けての交渉過程)において支出した多額の費用等につき、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。
(2) 本件契約書においては、本件契約の準拠法をミネソタ州法と定めた一条項中で、同州所在の連邦裁判所及び州裁判所を唯一かつ排他的な裁判管轄・裁判地とする旨合意すると定められていたが、例えば、「本件契約に基づく紛争に関して」とか「本件契約から直接的又は間接的に生じる全ての紛争に関して」といった、管轄合意の対象となる紛争を具体的に特定・明示するような文言は付記されていなかった。他方で、「紛争が本件契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかかわらず、本件条項が適用される」といった、広範な紛争を対象とする旨の包括的な文言が付記されているわけではなかった。

2 本件の争点

(1) 本件管轄合意が、「一定の法律関係に基づく訴え」(民訴法3条の7第2項)に関する合意であることという、管轄合意の有効要件(以下「一定性の要件」という。)を充足するものといえるか。
(2) 本件管轄合意が、はなはだしく不合理で公序法に違反するといえるか。
なお、これが専属的管轄合意の有効性の判断要素の一つであることを明らかにした判例として、最高裁3小昭和50年11月28日判決・民集29巻10号1554頁(チサダネ号事件)がある(ちなみに、その立証責任は管轄合意の無効を主張する側が負うことになる。)。
(3) 本件管轄合意が有効であるとして、これが本件契約の準備段階における不法行為に基づく損害賠償請求である本件訴えに適用されるか。

3 本判決の判断と参考となる裁判例・文献

(1) 争点(1)について

本判決は、本件管轄合意の条項にはその対象となる紛争を具体的に明示する文言はないものの、本件契約に起因して又は関連して生じた紛争を対象として合意されたものと解することが、当事者の通常の合理的意思解釈に合致するとして、本件管轄合意につき「一定性の要件」は充足されていると判断した。

なお、本件と同様に、契約当事者の通常の合理的意思解釈に基づいて、専属的管轄合意につき「一定性の要件」が充足されていると判断した裁判例として、東京高裁令和2年7月22日判決・判例時報2491号10頁がある。この判決では、基本契約の紛争解決条項中に、「紛争が本件契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかかわらず、本件条項が適用される」という上述したような包括的な文言があったにもかかわらず、同様の合理的意思解釈が可能とされており、その結果、当該管轄合意を無効とした東京地裁令和元年9月4日判決・判例時報2491号15頁(同地裁平成28年2月15日中間判決も併せて掲載)は取り消され、訴えが却下されている。この東京高裁判決の評釈としては、土田和博・ジュリスト1560号103頁、後友香・ジュリスト1576号162頁等があるほか、原審中間判決の評釈である道垣内正人・NBL1077号25頁(原審の判断に反対)が参考になる。

(2) 争点(2)について

原告は、本件訴えは日本と密接に関連しており、また、原告と被告の企業規模には著しい差があるから、ミネソタ州の裁判所において審理が行われると、迅速・円滑な審理が妨げられるし、原告が訴訟追行のために過大な負担を負うことになるから、本件管轄合意は公序法に違反し無効である旨主張した。

これに対し、当方は、原告がこれまで多数の外国企業とも取引をしており、英国や中国にも活動拠点を有している企業であることなどを反論・反証したところ、本判決は、同州が被告の本店所在地であり、本件契約とも関連していることなどの事情も併せて考慮した上で、本件訴えが同州の裁判所で審理されることにより原告が不合理で過大な負担を強いられると認めるに足りないと判断し、結局、本件管轄合意は有効であると結論づけた。

(3) 争点(3)について

原告は、本件管轄合意には対象とする紛争の範囲についての言及がなく、曖昧な表現がされているとして、英米法の「Contra Proferentem(起草者不利の原則)」準則を援用し、こうした場合には本件契約の起草者である被告に不利に解釈すべきであるから、本件契約から生じた紛争のみについて専属的合意管轄を定めたものと限定的に解釈すべきであるとした上で、これに従えば、本件訴えは、被告の契約締結上の過失を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求であり、本件契約から生じた紛争には当たらない旨主張した。

これに対し、当方は、そもそも裁判管轄に関する合意の有効性という民事訴訟における訴訟要件に関わる事項は、法廷地法である日本の国際民訴法により決定されるべきものであるが(通説。上記チサダネ号事件に係る最高裁判決もこれを前提としている。)、この点を措いても、本件管轄合意を含む本件契約条項については双方が協議を重ねて合意に達したものであるから、上記の英米法の準則が適用される前提を欠いており、しかも、専属的合意管轄を定めた契約当事者の通常の意思解釈からすれば、その対象については、契約成立の準備段階から契約消滅後の精算段階までの事柄について紛争が生じた場合をいうものと解するのが相当であり、また、本件訴えが不法行為に基づく損害賠償請求と構成されたとしても、本件管轄合意の援用を妨げる事情とはならない(これらの点については、東京高裁平成6年3月24日決定・判例タイムズ876号265頁やコンメンタール民事訴訟法Ⅰ[第3版]283頁を援用)旨反論したところ、本判決は、本件条項を起草したのが専ら被告であったと認めるに足りる証拠はないとした上で、本件契約の準備段階において生じた紛争も、本件契約に関連して生じた紛争に該当すると判断し、原告の主張を排斥した。

ちなみに、「Contra Proferentem」準則については、早川武夫・国際商事法務Vol.18、№11、1260頁に詳しい。

4 感想

民訴法3条の7第2項の「一定性の要件」に関する本判決の判断はともかくとして、国際的商取引に関する契約書を作成しようとする場合、管轄合意に関する条項については、その対象が「当該契約から直接的又は間接的に生じる全ての紛争」であることを明記しておき、後々管轄合意の有効性やその適用範囲について疑義が生じることのないようにしておくことが肝要といえよう。

弁護士 岡田雄一
弁護士 石川賢吾
弁護士 卜部尊文

大学の非常勤講師の労働契約法上の労働者性(否定)

2022.08.25

大学の非常勤講師(以下、単に「非常勤講師」といいます。)と大学との契約について、特定の講義を委託する業務委託契約(大学によっては委嘱契約などの契約名称の違いがあるものの、その契約内容は、雇用契約でなく、いわゆる業務委託契約)を締結している大学が多く存在していました。しかし、近年、大学の非常勤講師を構成員とする労働組合が複数設立され、当該労働組合と大学との団体交渉の結果などを踏まえて、非常勤講師もその希望などに応じて雇用契約を選択できるように制度変更をした大学も複数存在するようになりました(ただ、制度変更後も、雇用契約に切り替えた非常勤講師は少なく、従前とおりの業務委託契約のままの非常勤講師が多いのが実態のようです。)。

このような状況の中、非常勤講師と大学との間の業務委託契約は、実質的に雇用契約であるとの法的紛争も複数発生するようになりました。この点について、今まで正面から判断した判決例は存在しなかったのですが、当職らが大学側の代理人として関与した地位確認等請求事件(東京地裁令和2年(ワ)第17814号)について、本年(令和4年)3月28日に東京地方裁判所労働専門部である民事19部合議体が判決(以下「本件判決」といいます。)を言い渡しましたので、ご参照までにその判示内容の要旨を紹介させていただきます(なお、本件判決は控訴がなされず、確定しています。)。

本件判決は、詳細かつ緻密な事実認定の上、概略、下記のとおりの内容で非常勤講師の労働契約法上の労働者性を否定しました。

 

「被告大学の教授、准教授、専任講師等は、被告との間で労働契約を締結し、専門型裁量労働制を適用されて所定労働時間労働したものとみなされていたのに対し、原告は、担当ないし出席する授業の時間帯及び場所が指示されていただけで、特に始業時間及び終業時間等の勤務時間の管理を受けておらず、他の外部講師が実施する授業に遅刻、早退又は欠席をする場合であっても被告による事前の許可あるいは承認が必要とはされていなかったこと」

「本件契約により原告が得た収入は1年間で約57万円と生計を維持する上ではいささか僅少であるといえ、また、給与所得者であれば給与所得から控除されることになる社会保険料の徴収はされておらず、他の外部講師が担当する授業に欠席等をしたことを理由に本件契約に係る委嘱料が減額されるといったこともなかったこと」

「被告の専任講師等らが本件就業規則及び本件兼業規則により職務専念義務や兼業に関する制約を課されていたのに対し、原告は、被告から許可を得ることなく兼業をすることが可能とされており、現にCセンター以外の被告大学の部局や被告以外の団体からも業務を受託して報酬を得ていたことが認められる。加えて、原告が被告の教授、准教授、専任講師等の専任講師らと同様に本件各講義に係る業務以外の被告の組織的な業務に従事していたことを認めるに足りる的確な証拠はない。」

「以上の諸事情を総合すると、被告は、原告に対し、被告大学における講義の実施という業務の性質上当然に確定されることになる授業日程及び場所、講義内容の大綱を指示する以外に本件契約に係る委嘱業務の遂行に関し特段の指揮命令を行っていたとはいい難く、むしろ、本件各講義(原告が担当する授業)の具体的な授業内容等の策定は原告の合理的な裁量に委ねられており、原告に対する時間的・場所的な拘束の程度も被告大学の他の専任講師等に比べ相当に緩やかなものであったといえる。また、原告は、本件各講義の担当教官の一人ではあったものの、主たる業務は自身が担当する本件各講義の授業の実施にあり、業務時間も週4時間に限定され、委嘱料も時間給として設定されていたことに鑑みれば、本件各講義において予定されていた授業への出席以外の業務を被告が原告に指示することはもとより予定されていなかったものと解されるから、原告が、芸術の知識及び技能の教育研究という被告大学の本来的な業務ないし事業の遂行に不可欠な労働力として組織上組み込まれていたとは解し難く、原告が本件契約を根拠として上記の業務以外の業務の遂行を被告から強制されることも想定されていなかったといえる。加えて、原告に対する委嘱料の支払と原告の実際の労務提供の時間や態様等との間には特段の牽連性は見出し難く、そうすると、原告に対して支給された委嘱料も、原告が提供した労務一般に対する償金というよりも、本件各講義に係る授業等の実施という個別・特定の事務の遂行に対する対価としての性質を帯びるものと解するのが相当である。以上によれば、上記アの事情を原告に有利に考慮しても、原告が本件契約に基づき被告の指揮監督の下で労務を提供していたとまでは認め難いといわざるを得ないから、本件契約に関し、原告が労契法2条1項所定の「労働者」に該当するとは認められず、本件契約は労契法19条が適用される労働契約には該当しないものというべきである。したがって、本件契約につき労契法19条の適用がある旨の原告の主張は、採用することができない。」

「原告は、他の外部講師の授業に遅刻、早退し又は欠席した場合でも本件契約に係る委嘱料の減額等はされておらず、このことは、本件契約が業務委託契約ではなく、生活保障のための労働契約であったことを基礎付けるものである旨を主張する。
  しかしながら、本件契約による委嘱料が労務の対価としての賃金であれば、特段の事情のない限り、遅刻・早退又は欠勤等の労働者側の責めに帰すべき労務不提供があれば、その支給額は減額されることになるのであって、原告が指摘する上記の事情は、むしろ、本件契約の委嘱料に労務対償性がないことを基礎付けるものというべきである。」

「原告は、被告大学の専任講師は、兼業に関し、就業規則及び本件兼業規則により形式的には被告の許可が必要とされていたが、実際には講義に支障がなければ申告せずに自由に兼業できる慣例となっており、非常勤講師と専任講師との間で業務の専属性に差異はなかった旨を主張する。
  しかしながら、原告の上記供述を裏付ける客観的な証拠はなく、かえって、前提事実等において認定したとおり、本件就業規則及び本件兼業規則によれば、当該規定の適用を受ける被告大学の専任講師は被告の許可なくして兼業をすることはできず、職務専念義務を負う専任講師において許可なく兼業を行った場合には懲戒の対象となることが認められるから、そのような制約のある専任講師と兼業が基本的に自由に認められていた原告との間では、業務専属性の有無、程度に本質的な差異があったものというべきである。」

「以上のとおりであるから、原告の上記アないしオの各主張は、いずれも採用することができず、原告のその余の主張も、本件契約における原告の労働者性及び本件契約に対する労契法の適用の有無に関する前記1及び2並びに上記(1)及び(2)の認定判断を左右するに足りるものとは認められない。」
(以上、第一法規法情報総合データベース・判例ID28200814)

 

本件判決は、契約期間中週4時間を担当する非常勤講師についてその労働契約法上の労働者性を否定した事例判決ではあるものの(大学によるとは思いますが、非常勤講師の場合は上記のような週4時間前後の時間を担当するケースが多いのではないかと思われます。)、本件原告以外の非常勤講師も、授業内容等について指揮命令権を行使されず、兼業を禁止されるようなこともなく、また、労務対償性なども認められないのは、本件と同様であると考えられるので、本件判決は、大学の非常勤講師の労働契約法上の労働者性を判断する上で、重要な先例的価値を有する判決であると思われることから、本所において紹介する次第です。

弁護士 永野剛志
弁護士 六角麻由
弁護士 元由  亮

中小企業再生支援協議会/単独型/賃貸借契約の保証債務を対象外債権としつつ対象債権と按分弁済した事例紹介

2021.05.25

主債務者破産時における経営者保証ガイドライン手続(以下「GL手続」という。)には、①特定調停を利用する方法、②中小企業再生支援協議会を利用する方法、③準則型手続を利用せず任意交渉による方法の3つがある。

今般、当職が、代理人として、主債務者の自己破産を申し立てるとともに、代表者である保証人については、上記②の方法で保証債務を整理した案件(以下「本件」という。)に関与したので、その概要について紹介する。

なお、本件は、主債務者の破産事件が異時廃止で、同事件において保証人の債権者への配当がなく、また、主債務者が運営していた施設の賃貸借契約の保証を、保証人がしていたため、保証人の債権者に、金融債権のみならず取引債権(未払賃料債権及び原状回復請求債権)が含まれていたという特殊性があり、単独型(通称「のみ型」)スキームで、インセンティブ資産を確保しつつ全債権者から同意を得るためには、いくつかのハードルがある案件であった。

以下、GL手続の利用要件を確認したうえで、本件の概要とポイントを紹介する。

1 GL手続利用要件

保証人がGL手続を利用するためには、経営者保証ガイドライン(以下「GL」という。)が定める以下の各要件をみたす必要がある。

① 保証契約の主たる債務者が中小企業であること(GL3(1)、7(1)イ)

② 保証人が個人であり、主たる債務者の経営者であること(GL3(2))

③ 主たる債務者及び保証人の双方が弁済について誠実であり、対象債権者の請求に応じ、それぞれの財産状況等(負債の状況を含む。)について適時適切に開示していること(同(3))

④ 主たる債務者及び保証人が反社会的勢力ではなく、そのおそれもないこと(同(4))

⑤ 主たる債務者が、法的債務整理手続又は準則型私的整理手続の申立てをGLの利用と同時に現に行い又はこれらの手続が係属し、若しくは既に終結していること(GL7(1)ロ)

⑥ 主たる債務者及び保証債務の破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるなど、対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できること(GL7(1)ハ)

⑦ 保証人に免責不許可事由(破産法252条1項)が生じておらず、そのおそれもないこと(GL7(1)ハ)

2 本件における主債務者と保証人の概要

(1)主債務者

業種:結婚式場運営会社

設立:平成13年

従業員:約25名

負債:約11億円(公租公課・仕入先・賃料・労働債権に滞納あり)

窮境原因:コロナ禍による結婚式需要の激減

破産配当:なし

(2)保証人

役職:代表取締役社長

年齢等:56歳・男性

家族:妻(専業主婦)

資産:現預金 約380万円

    不動産 区分所有建物(再生支援協議会取得の査定額 約4500万円 無担保)

    保 険 解約返戻金約63万円

    自動車 査定額80万円

    債権者:金融債権者(保証協会含む)5社、取引債権者2者(法人1社・個人1名)

3 GL手続利用によるメリット

(1)破産とGLの比較

一般的な、破産とGLの比較は、下表のとおりである。

破産 GL
対象債権者 全債権者 ・本来的対象債権者:保証債権を有する金融機関、保証協会、サービサー・例外的対象債権者:リース債権・商取引債権の保証債権者、固有債権者
利用要件 ・支払不能

・免責不許可事由非該当(免責を得るための要件。該当しても裁量免責の可能性あり)

・中小企業経営者

・主債務者・保証人が弁済について誠実,財産状況等の適時適切な開示

・主債務者・保証人が反社会的勢力ではない

・主債務者の法的整理・準則型手続

・経済合理性

・保証人に免責不許可事由が生じていない

債権者の同意 不要 対象債権者全員の同意が必要
残存資産 自由財産 ①自由財産

②インセンティブ資産

・華美でない自宅

・一定期間の生計費(月数×33万円)等

メリット ・すべての債務を整理できる

・債権者の同意が不要

・手続の予測可能性高い

・破産をせずに債務を整理することができる

・破産よりも資産を多く残すことができる

・信用情報登録機関に登録されない

・官報に掲載されない

デメリット ・自由財産しか残存資産にできない

・信用情報登録機関に登録される

・官報に掲載される

・対象債権者全員の同意が必要

・手続着手時の予測可能性が十分ではない

・対象外債権者をGL手続に取り込めない可能性がある

(2)本件におけるメリット

本件では、自己破産ではなくGL手続を利用することにより、以下のメリットがあった。

▶インセンティブ資産(最大363万円[1])の残存資産化 *自由財産99万円を含まない

▶信用情報登録機関への報告・登録の回避

▶自己破産時を上回る債権者への弁済

▶リーズナブルな手続費用[2]

なお、保証人の自宅マンションは、華美でない自宅であれば、残存資産として認められる余地があったが、ターミナル駅の駅近マンションであったため、再生支援協議会とも協議のうえ、任意売却をして、売却代金を配当原資とした。

4 本件特有の問題点

(1)主債務者の破産事件が、ほぼ確実に異時廃止となる見込みであったこと

GL手続における経済合理性は、主債務と保証債務の回収見込額を一体として判断することとされている(GL7(3)③なお書き、GLQA7-4、7-13)。本件では、主債務者の破産事件が、ほぼ確実に異時廃止となる見込みであったことから、主債務者からの回収見込額がなく、インセンティブ資産を確保することが難しい案件であったが、以下の各事情を根拠に対象債権者と交渉し、自由財産である99万円に加え、インセンティブ資産として上限額である363万円を残存資産とする内容の弁済計画を成立させることができた。

▶コロナ禍にもかかわらず、相場を大幅に上回る6380万円で自宅不動産を、任意売却できたこと[3]

▶主債務者が運営していた主たる結婚式場を事業譲渡(保証人の交渉を承継した保全管理人による譲渡)したことにより、主債務者の債務及び保証人の保証債務約7000万円について免除を受けたこと

▶保証債権を有する取引債権者と交渉し、届出債権について相当額の譲歩を得たこと

(2)保証人の債権者に、金融債権のみならず取引債権が含まれていたこと

GLが想定している対象債権者は、中小企業に対する金融債権を有する金融機関等(GL1)であるが、弁済計画の履行に重大な影響を及ぼす恐れのある債権者については、対象債権者に含めることができるとされている(GL7(3)④ロなお書き)。一般に、保証人の債権者に金融機関等ではない取引債権者が含まれる場合、以下の4つの処理方法があるとされている。
① 対象債権として処理する方法

対象外債権者を対象債権者として扱い、一体的に処理する方法

② 対象外債権として処理する方法

②-1 対象債権と同率の弁済及び債務免除をする方法

対象外債権者を対象債権者と平等に扱い、一体的に処理する方法

②-2 対象債権と異なる率の弁済及び債務免除をする方法

対象外債権者を対象債権者よりも優先的に扱い、一体的に処理する方法

③ 全額弁済をする方法

対象外債権者は全額弁済し、一体的に処理する方法

本件では、保証債権を有する取引債権者の理解が得られたことから、②-1の処理方法をとり、取引債権についても弁済計画案に対象外債権として債権額、弁済額等を明記して手続の公平性・透明性をはかりつつ、形式的には取引債権をGL手続の対象外として扱った。

他方で、一部の対象債権者(金融機関等)は、GL手続において、金融債権以外の純粋な取引債権を一体処理した実績がないとの理由で、最後まで弁済計画案に対する同意に難色を示した。具体的には、GL手続で処理できるのは、金融債権のみで、過去にもGL手続で処理したことがある純粋な金融債権以外の債権は、カードローン債権のみなので、本件の取引債権である未払賃料債権及び原状回復請求債権(債権者2者、合計債権額約2800万円)に対する弁済は、弁済原資からではなくインセンティブ資産(残存資産)から行うべきという主張であった。このような考え方は、単独型スキーム自体を否定するとともに、全債権者を公平に扱うという倒産法の大前提となる理念にも反するものであったため、再生支援協議会とともに粘り強く説得にあたり、最終的には、当該一部の対象債権者を含む、保証人の全債権者から弁済計画案に対する同意を得るに至った。

5 まとめ

主債務者が法的債務整理手続をとる場合、保証人の債権者に、金融債権以外の取引債権が含まれる場合であっても、インセンティブ資産となり得る資産が存在するときは、保証人の債務整理について、まずは、GL手続における単独型スキームをファーストチョイスとして検討することになると思われる。今後、単独型スキームの活用が増えることが予想されるため、本稿が、保証人の債務整理における手続選択の一助になれば幸いである。


 

[1] GLは、「・・・一定期間の生計費に相当する額・・・を、当該経営者たる保証人の残存資産に含めることを検討することとする。」とし、一定期間については、「当該期間の判断においては、雇用保険の給付期間の考え方等を参考とする。」としている。「一定期間の生計費に相当する額」の生計費については、「当該費用の判断においては、1月当たりの標準的な世帯の必要生計費として民事執行法施行令で定める額を参考とする。」とされており(GL7(3)③)、1月当たりの標準的な世帯の必要生計費として民事執行法施行令で定める額は、33万円である。また、保証人が「45歳以上60歳未満の場合」の雇用保険の最大給付日数は330日であるから、上記年齢における「一定期間の生計費に相当する額」の上限額は、33万円×11ヶ月(330日÷30日)=363万円となる。

[2] 再生支援協議会が調査を委託した専門家費用は、本件においては20万円(税別)であった。

[3] 前述したとおり、再生支援協議会が取得した査定額は、約4500万円であった。


 

参考文献
野村剛司編著『実践 経営者保証ガイドライン』青林書院、87頁、97頁、208~211頁
小林信明・中井康之編『経営者保証ガイドラインの実務と課題(第2版)』商事法務


 

弁護士 増田 智彦

 

民法改正と契約書~第11回 消費貸借契約~

2021.01.15

1 改正の概要

平成29年改正前民法587条では、消費貸借契約を要物契約(契約の成立に物の引き渡しを必要とする契約)としていました。しかし、現実には、諾成的金銭消費貸借契約(合意による消費貸借契約)を前提として銀行からの融資が行われ、最高裁も諾成的消費貸借を認めていました。そこで、民法において、諾成的消費貸借契約を認めるか、認める場合にはどのような条件とするかが問題となりました。

今回の改正では、消費貸借契約について要物契約であることを維持しつつ、書面(電子メール等を含む)で合意した場合には諾成的金銭消費貸借の成立を認めました。併せて、借主が目的物の受領前に解除した場合の取り扱いについて定めるとともに、利息についても新たに規定を設ける等の変更がされました。

(1)書面による消費貸借契約

ア 書面による消費貸借契約の成立

今回の改正により、①書面または電磁的記録(電子メール等)において、②当事者の一方が金銭その他のものを引き渡すことを約束し、③相手方が受け取ったものと種類、品質及び数量の同じものの返還を約束した場合、には、目的物の引き渡しがなくとも消費貸借契約が成立するものとしました(改正民法587条の2第1項、4項)。

イ 書面による消費貸借契約の解除

また、書面による消費貸借契約が成立した場合でも、借主は目的物を受け取るまでは、契約を解除することができます(改正民法587条の2第2項)。契約の解除により、貸主が損害を受けた場合には、貸主は借主に対し、その賠償を請求することができることとされました。貸主が消費貸借契約の解除による損害の賠償請求をするためには、貸主が現実に被った損害と、借主の解除と貸主の被った損害の因果関係を具体的に立証する必要があります(なお、消費貸借に利息を付した場合、この利息が得られたはずの利益として、「貸主に現実に生じた損害」に含まれるわけではありません。貸主が、借主へ貸す消費貸借の目的物を調達するために、特別に費用を支出した場合等が想定されます。)。

ウ 破産手続きの開始による失効

書面による諾成的消費貸借契約が成立した後、借主が目的物を受け取る前に、当事者のいずれかが破産手続開始決定を受けた場合には、消費貸借契約は効力を失うこととされました(改正民法587条の2第3項)。

 

(2)利息に関する規定の創設

平成29年改正前民法には、利息に関する規定がなく、利息を生じさせるためには、特約が必要であるとされていました。今回の改正により、利息を発生させるためには特約が必要であることが明文化され(改正民法589条第1項)、利息の発生日が目的物を受け取った日であることも規定されました(改正民法589条第2項)。利息の発生日に関する規定は強行規定であり、利息の発生日を目的物の受領日より前に設定する特約は無効になると解されます

 

(3)貸主の引き渡し義務について

平成29年改正前民法590条では、

利息付消費貸借契約

→目的物に隠れた瑕疵がある場合、貸主は瑕疵のない代替物を給付する義務を負い、借主は損害賠償請求ができる。

無利息の消費貸借契約

→目的物に隠れた瑕疵があった場合、同程度の瑕疵があるものを調達して返すことが難しいため、借主は瑕疵があるものの価額を返還することができる(ただし、貸主が瑕疵を認識しつつ、借主に告げなかった場合、貸主は瑕疵のない代替物の給付義務を負い、借主は損害賠償請求が可能)。

とされていました。

しかし、今回の改正で目的物に契約不適合があった場合の規定が設けられ(改正民法562条、564条)、この規定が消費貸借契約にも準用されること、利息の有無により、目的物に瑕疵がある場合の返還時の取り扱いを変える必要があるのか疑問視されたことから、次のとおり変更されました。

利息付消費貸借契約

→改正民法562条、564条と重複するため、従前の規定は削除。ただし、目的物に不適合があった場合には、代替物の給付及び損害賠償が認められる(改正民法562条、564条)。

無利息の消費貸借契約

→改正民法551条を準用し、消費貸借の目的物として特定された時の状態で引き渡す義務を負う(改正民法590条1項)

また、目的物が契約内容に適合しない場合、同じ品質のものを用意して返還することが困難であることから、この場合には利息の有無にかかわらず、目的物と種類・品質・数量が同じものではなく、目的物の価額を返還できることとされました(改正民法590条2項)。

 

(4)返還時期について

平成29年改正前民法のもとでは、消費貸借契約の借主はいつでも返還できるものの(平成29年改正前民法591条2項)、相手方の利益を害することはできない(平成29年改正前民法136条2項)とされていました。この点については今回の改正でもほぼ変わりがありませんが、期限前の返還に関しては、改正民法587条の2第2項と同様の規律がされています。

 

(5)その他の改正

平成29年改正前民法589条では、消費貸借契約の予約をした後、当事者の一方が破産手続開始決定を受けた場合には、予約の効力が失われるとしていましたが、改正民法587条の2第3項で同様の定めが置かれたことにより、平成29年改正前民法589条は削除されました。

また、準消費貸借に関する規定(平成29年改正前民法588条)についても、実務に合わせて文言が変更される等の改正がされています。

 

2 経過措置

改正民法施行日前に締結された消費貸借契約(平成29年改正前民法589条の消費貸借契約の予約を含む)および付随する特約については、平成29年改正前民法が適用され、改正民法施行後に締結された消費貸借契約に関しては、上記1記載の改正後の民法が適用されます。

 

3 契約書に与える影響

書面による諾成的消費貸借契約については、従前の実務を認めるものであり、大きな影響はないものと考えられます。書面による諾成的消費貸借契約締結後、実際に金銭等を受け取る前に契約を解除した場合の損害については、争いが発生する可能性がありますので、契約書に取り扱いを定めておくといった対応が考えられます。なお、消費貸借契約が定型約款(改正民法548条の2~4)で行われる場合には、そちらの規定にも留意する必要があり、賠償額の予定等を定めた場合でも、消費者契約法9条または10条により無効とされる場合がありうることも留意すべきです。

弁護士 六角 麻由

民法改正と契約書~第10回 賃貸借契約~

2021.01.15

1 改正の概要

賃貸借契約については、多数の改正がされていますが、賃貸借契約終了時の返還義務の追加等、判例実務を明文化したものが多数です。特に大きな変更は、賃貸借契約期間の上限の変更、賃貸不動産が譲渡された場合の取り扱い、賃借物の一部滅失による賃料減額等が挙げられます。なお、建物の賃貸借契約及び建物所有を目的とする土地の賃貸借契約については、借地借家法が適用されることに変わりはありません。

 

(1)賃貸借目的物の返還義務

平成29年改正前民法では、借主の目的物返還義務が明示されていませんでした。そこで、今回の改正により、賃貸借契約終了時に目的物の返還債務を負う旨が明記されました(改正民法601条)。

 

(2)賃貸借の存続期間

従前は、賃貸借契約の存続期間・更新期間は20年が上限とされていましたが、今回の改正により、賃貸借契約の存続期間・更新期間ともに50年が上限とされました(改正民法604条1項、2項)。本規定は強行規定であり、また、賃貸借契約が改正民法施行日前に締結されていても、施行日後に契約を更新する場合には、本規定が適用され、更新期間は最長で50年となります(附則34条2項)。

なお、建物・建物所有を目的とする土地の賃貸借契約に関しては、借地借家法が適用されるため、本規定の適用はありません

 

(3)不動産賃貸借の対抗力・不動産の賃貸人たる地位の移転

ア 不動産賃貸借の対抗力について

不動産の賃貸借については、以下のとおり内容が変更されました。

・「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる」(平成29年改正前民法605条)

・「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者対抗することができる」(改正民法605条)。

この改正は、不動産賃貸借の登記の後に登場した者だけではなく、不動産賃貸借の登記の前に登場している第三者(不動産を差し押さえた者等も含む)との優劣は登記の先後により決すること、賃貸人の地位の移転の問題と、第三者への賃借権の対抗問題を区別することを目的としたものです。実務の扱いや従前の理解を明らかにしたもので、実務に大きな影響はないと考えられます。

 

イ 不動産の賃貸人たる地位の移転について

賃貸不動産が譲渡された場合の賃貸借契約の帰趨については、従前、民法に規定がありませんでした。そこで、賃貸不動産の譲渡に伴う賃貸人の地位の移転について、新たに次のような規定が設けられました。

(ア)賃貸人たる地位の移転

不動産賃貸借について、登記や借地借家法に定める対抗要件が具備されている場合、対象不動産が譲渡されたときは、賃貸人たる地位は新所有者に移転します(改正民法605条の2第1項)。

(イ)賃貸人たる地位の留保

(ア)にかかわらず、不動産の旧所有者と新所有者が①賃貸人としての地位を旧所有者に留保すること、及び②その不動産を新所有者が旧所有者に賃貸すること、を合意した場合には、賃貸人の地位は旧所有者に留保されます(改正民法605条の2第2項前段)。新所有者と旧所有者の賃貸借契約が終了した場合、賃貸人の地位は新所有者又はその承継人に移転します(同後段)。

(ウ)賃貸人たる地位の移転の対抗要件

賃貸人たる地位の移転を賃借人に対抗するためには、不動産の所有権移転登記が必要です(改正民法605条の2第3項)。

(エ)賃貸人たる地位の移転に伴う敷金返還債務等の承継

賃貸人たる地位が新所有者又はその承継人に移転した場合、費用償還請求権(改正民法608条)及び敷金返還に関する債務(改正民法622条の2第1項)は新所有者又はその承継人が承継します(改正民法605条の2第4項)。なお、この点について特約がある場合には、特約が優先されます

(オ)合意による不動産の賃貸人たる地位の移転

所有者=賃貸人である不動産が譲渡された場合、賃借人の合意がなくとも、旧所有者と新所有者の合意により、賃貸人たる地位を新所有者に移転させることができるとされました(改正民法605条の3)。

本規定は、対抗要件を具備していない賃貸借契約を引き継ぎたい場合に有益なものですが、所有権の移転を伴わない場合には適用されない(したがって、所有権を移転せずに不動産の賃貸人たる地位を移転するためには、賃借人の同意が必要)、注意が必要です。

 

(4)不動産賃借人の妨害停止請求

従前、不動産の賃貸借について、第三者がその利用を妨げている場合、賃借人がその妨害を排除できるのか、できる場合にはいかなる根拠によるものか、という点が議論されていました。今回の改正により、不動産賃貸借について借地借家法等に定める対抗要件を具備している場合、賃借人は利用を妨げている第三者に対し、妨害停止請求・返還請求ができることが明文化されました(改正民法605条の4)。

本規定は、改正民法施行日前に賃貸借契約が締結されている場合でも、施行日後に第三者が不動産の利用を妨害すれば適用されます(附則34条3項)。

 

(5)賃貸借目的物の修繕

平成29年改正前民法では、賃貸人が賃貸物の修繕義務を負う旨が定められていましたが(平成29年改正前民法606条)、賃借人の責めに帰すべき事由により修繕が必要になった場合にも賃貸人が修繕義務を負うのか、また、どのような場合に賃借人が修繕可能なのか、という点が明らかではありませんでした。

今回の改正により、賃貸人は賃貸物の使用収益に必要な修繕義務を負うが、賃借人の責めに帰すべき事由により修繕が必要になった場合は修繕義務を負わない(改正民法606条1項)ことが明記されました。また、賃借人が賃貸人に修繕が必要であることを通知し、賃貸人がその旨を知ったにも関わらず、賃貸人が相当期間内に必要な修繕を行わない場合又は急迫の事情がある場合には、賃借人が修繕できる旨も明記されました(改正民法607条の2)。

本規定は任意規定であるため、特約により別の定めを置くことが可能です。

 

(6)賃料減額関係

ア 減収による賃料減額請求

従前は、収益を目的とする土地の賃借人は、不可抗力によって賃料より少ない収益を得た場合には、収益の額まで賃料の減額を請求できるとされていました(平成29年改正前民法609条)。しかし、今回の改正により、「耕作又は牧畜」を目的とする土地の賃借人のみに減収による減額請求が認められることとなりました。

イ 賃借物の一部滅失等による賃料減額

平成29年改正前民法のもとでは、賃借物の一部が賃借人の過失によらずに滅失したときは、滅失部分の割合に応じて賃料の減額請求が可能であると定められていました(平成29年改正前民法611条1項)。しかし、賃借物の利用ができないときは、滅失以外の場合でも減額が認められるべきであること、公平の観点から請求によらずに減額を認めるべきであることから、今回の改正により、

①賃借物の一部が滅失その他の理由により使用収益できない

②使用収益の不能が、賃借人の責めに帰することのできない事由によるもの

という要件を満たす場合には、賃借人の請求がなくとも、当然に賃料が減額されることとなりました(改正民法611条1項)。

ウ 使用収益不能の場合の解除権

また、平成29年改正前民法のもとでは、賃借人の責めに帰することのできない事由により目的物が一部滅失した場合、残存部分だけでは賃借目的を達成できないときは、賃借人は契約の解除ができるとされていました。

しかし、利用不能の原因・賃借人の帰責事由の有無にかかわらず、契約目的を達成できないのであれば契約の解除を認め、帰責性については損害賠償で解決するのが相当であることから、今回の改正により、

①賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益できなくなった

②残存部分のみでは賃借人が賃借目的を達成できない

 という要件を満たす場合には、賃借人から契約の解除ができることとされました(改正民法611条2項)。

 

(7)原状回復義務

平成29年改正民法では、契約期間中に賃借物に生じた損傷や通常損耗の取り扱いが明確にされていませんでした。そこで、今回の改正において、賃貸借契約が終了した場合、賃借人は原状回復義務を負う(ただし、通常損耗、自らの帰責事由によらない損傷は除く)ことが明文化されました(改正民法621条)。

この規定は任意規定であり、当事者の合意により、異なる定めを置くことが可能です。

 

(8)敷金に関する規定の創設

賃貸借契約(特に不動産賃貸借)では敷金の定めが重要な役割を負っていますが、平成29年改正前民法では、敷金に関する規定はありませんでした。今回の改正により、敷金の定義が設けられ、敷金が返還される場合、賃借人が賃料債務等の履行をしない場合に賃貸人は敷金を充当できること等、従前の実務の取り扱いが明文化されました(改正民法622条の2)

 

2 経過措置

前記1に個別に記載したものを除き、改正民法の施行日前に賃貸借契約が締結された場合の賃貸借契約、及び付随する特約については、平成29年改正前の民法が適用されます(附則34条1項)。

 

3 契約書に与える影響

賃貸人の地位の移転に関する規定を除き、従前の実務の内容を明文化した規定が大半であるため、契約書に与える影響は薄いと考えられます。ただし、任意規定に関し特約を設けた場合、消費者を相手とする契約であれば消費者契約法9条または10条により無効となる可能性があるので、消費者にとって一方的に不利な内容になっていないか、という点に留意する必要があります。

弁護士 六角 麻由

 

Fair Treatment of Non-Regular Employees

2021.01.06

More and more businesses in Japan employ non-regular employees (a category that includes part-time employees, fixed-term employees, and dispatched workers).  According to recent statistics announced by the Japanese government, 38.2% of Japanese workers are non-regular employees.  This has caused concern that differences in the treatment of regular and non-regular employees may be giving rise to a two-tier class system in the Japanese workplace.   In order to ameliorate this situation, recently new legislation restricting disparate treatment of regular and non-regular employees has been enacted, and this year the Japanese Supreme Court issued two sets of important decisions interpreting the new legislation.

 

1.The New Act on Work Style Reform

Japan enacted a new Act on work style reform in 2019.  In addition to other changes to employment law, the new Act provides that (i) unreasonable differences in the treatment of regular employees and non-regular employees are prohibited, and (ii) non-regular employees can request the employer to explain the details and reasons for such differences in treatment.  These requirements already apply to large companies, and for small and medium-sized companies, the requirements will apply from April 1, 2021. The Act also establishes an alternative dispute resolution system to deal with disputes regarding differences in treatment.

 

2.Supreme Court Rulings on Fair Treatment of Non-Regular Employees

Earlier this year, in just one week, the Japan Supreme Court issued five important rulings in two groups (on October 13, 2020 and October 15, 2020) regarding fair treatment of workers under the new Act on work style reform.

A. Bonuses and Retirement Allowances for Fixed-Term Employees

The first two cases, involving a former fixed-term employee at a university and two former fixed-term contract workers at a subway kiosk, dealt with bonuses and retirement allowances for fixed-term employees.  The employees brought claims for damages against their former employers, arguing that it was illegal for the company not to have paid them bonuses and retirement allowances because they had been performing the same duties as regular employees who did receive bonuses and retirement allowances.

Although the tasks of the regular employees and non-regular employees were essentially similar, the Supreme Court held that the refusal to pay bonuses and retirement allowances was not an “unreasonable difference” in light of the specific details of the duties (e.g., the level of difficulty of the work) and the degree of responsibility, etc., of the respective positions.  The Supreme Court also noted that the non-regular employees were not subject to being transferred to other work locations.

B. Allowances and Paid Leave for Non-Regular Employees

The other three cases dealt with non-regular postal employees seeking entitlement to family allowances, holiday extra pay, paid sick leave, and winter and summer paid leave.  In these cases, the Supreme Court held that it was illegal for Japan Post not to have given the benefits to non-regular employees.

One reason cited by the Court for this outcome was the purpose of the benefits.  For example, one of the benefits, holiday extra pay, is an allowance paid to postal workers during the year-end and New Year period when New Year’s postcards create a very large volume of mail.  The Court ruled that because the holiday extra pay constituted compensation for working during this difficult period, there was no reason to deny it to non-regular employees.

Similarly, in examining paid leave during summer and winter vacations, the Court noted that the purpose of the payments was to encourage employees to take time off in order to reinvigorate themselves, and so there was no reason to deny these payments to non-regular employees.

Notably, the Court did not credit Japan Post’s argument that the benefits provided to regular employees were based on the understanding that they would work continuously, because even though the non-regular employees’ contracts had to be renewed every six or twelve months, in actual practice Japan Post clearly expected the non-regular employees to be employed on a continuous basis.

 

3.Conclusion

These rulings do not mean that an employer never will be required to pay bonuses or retirement allowances to a non-regular employee, nor do they mean that every non-regular employee is entitled to receive family allowances, holiday extra pay, or paid leave.  Instead, as the Court repeatedly stated in these decisions, whether such differences in treatment are unreasonable must be decided on a case-by-case basis in light of the various relevant circumstances, such as (1) whether the details of the duties and the degree of responsibility of the non-regular employee are of the same level as those of a regular employee, (2) whether denial of a benefit is consistent with the purpose of the benefit, and (3) whether a company makes an actual practice of employing non-regular fixed-term employees on a continuous basis.  Accordingly, employers in Japan should take care to seek legal advice before establishing terms and conditions of employment that impose disparate treatment on regular employees and non-regular employees, in order to ensure that such disparate treatment can in fact be reasonably justified.

If you have any inquiries with regard to the above or if you need legal assistance in Japan, then please feel free to contact us.  Thank you.

Kengo Ishikawa | Partner | +81-3-3214-2491

Keith Finch | Foreign Counsel | +81-3-3214-2491

民法改正と契約書~第9回 契約不適合責任~

2020.10.07

1 改正の概要

売買の規定に関しては様々な改正がされましたが、特に平成29年改正前民法のいわゆる瑕疵担保責任について大きな変化がありました。

従前、売買契約の目的物に隠れた瑕疵がある場合(買主が瑕疵について善意無過失である場合)には、瑕疵担保責任が認められるとされていました。今回の改正により、売買契約の目的物に、契約の趣旨に適合しないものがあった場合、買主の瑕疵への認識にかかわらず、追完請求・修補請求や代金減額請求が認められることになりました。また、従前の「瑕疵」との文言が「契約の内容に適合しない」とされ、以下のように、内容だけでなく表現も大きく変わっています。

 

(1)買主の追完請求権

今回の改正により、売買の目的物について「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」(以下「契約不適合」といいます。)には、買主は売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができると定められました(改正民法562条1項)。

目的物が「契約の内容に適合しない」か否かは、「契約の性質、契約をした目的、契約締結に至る経緯その他の事情に基づき、取引通念を考慮して定まる」とされており、契約の内容だけではなく取引通念も考慮して総合的に判断されます。

目的物の修補と代替物の引渡しが両方とも可能である場合、原則として買主が追完方法を選択できますが、売主が選択する追完方法が買主に不相当な負担をかけるものでなければ、売主が選択できます。なお、契約内容の不適合が買主の帰責事由によるものである場合、買主は追完請求ができません(改正民法562条2項)。

(2)買主の代金減額請求権

 ア 催告による代金減額請求

売買の目的物に契約不適合があった場合、買主が売主に相当期間を定めて履行の追完を催告し、その期間内に履行の追完がされない場合には、買主は不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができます(改正民法563条1項)。この代金減額請求は、売主の帰責事由にかかわらず認められるものであるため、売主は契約不適合が売主の責めに帰することのできない事由によるものであるとの抗弁を主張することはできません。

イ 無催告での代金減額請求

また、以下の場合には、買主は催告をすることなく、直ちに代金の減額を請求することができます(改正民法563条2項)。

・履行の追完が不能であるとき

・売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示したとき

・契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、売主が履行の追完をしないでその時期を経過したとき

・上記のほか、買主が改正民法563条1項に定める催告をしても履行の追完を受ける見込みがないことが明らかであるとき

ウ 代金減額請求ができない場合等

契約不適合が買主の責めによるべき事由である場合、買主は代金減額請求ができません(改正民法563条3項)。また、代金減額請求は契約の一部解除の側面を有するものであるため、代金減額請求をしながら契約を一部又は全部解除することができません。

(3)契約解除の規定

従前、平成29年改正前民法の瑕疵担保責任は法定責任であると解され、これにより発生する損害賠償の範囲はいわゆる信頼利益に限られると考えられてきました。しかし、今回の改正により、契約不適合責任は債務不履行責任の一つであると整理されたため、契約不適合があった場合、債務不履行の一般規定により契約の解除、損害賠償の請求ができることが明らかにされました(改正民法564条)。

また、賠償の範囲についても、信頼利益だけでなく履行利益も含むこととなり、特別事情による損害についても、認められる可能性があります。

(4)解除の期間制限

平成29年改正前民法のもとでは、瑕疵担保責任に基づく解除及び損害賠償請求は、買主が瑕疵を知ったときから1年以内に行わなければならないとされていました(平成29年改正前民法570条、566条3項)。請求にあたっては「売主に対し、具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の根拠を示す」ことまで必要であり、しかも1年の除斥期間内に行うべきとされていました。

今回の改正により、売買の目的物に種類又は品質に関する契約不適合があった場合、買主が契約不適合を知ったときから1年以内にその旨を売主に通知しなければならないとされました(改正民法566条)。契約不適合の事実を通知すれば足りるため、従前よりも通知の負担は軽減されることになります。他方、目的物の数量等に関する契約不適合の場合、外形的に不適合があることが明らかであるため、消滅時効の規定(改正民法166条1項)によることになります。

なお、売主が目的物の引渡時に契約不適合の事実を知り、又は重過失により知らなかった場合には、1年の期間制限は適用されず、一般の消滅時効の規定によることとなります。また、商人間での売買における買主の検査及び通知義務(商法526条)の規定は維持されているため、従前どおり検査をする必要があります。

(5)競売の場合の担保責任について

平成29年改正前民法570条ただし書きでは、競売の場合、物に関する瑕疵担保責任の規定は適用されないとされていました。しかし、今回の改正により競売の目的物に種類又は品質に関する不適合以外の不適合(数量不足)及び権利に関する不適合があった場合には、契約の解除又は代金減額請求ができる旨を規定しました(改正民法568条1項~4項)。

数量不足に関しては、数量指示売買に該当しなくても、代金減額が認められる点で従前より扱いが異なることになります。

(6)目的物の滅失等についての危険の移転

従前、売買の目的物が当事者双方の責めに帰することのできない事由により滅失・損傷した場合には、原則として目的物の引渡時に危険が移転するとされてきました。

今回の改正により、売買の目的物が当事者双方の責めに帰することのできない事由により滅失・損傷した場合には、その滅失又は損傷を理由とする履行の追完請求や代金減額請求、損害賠償請求又は解除ができず、買主は代金支払義務を免れることができないとされました(改正民法567条1項。ただし、引渡後の滅失・損傷を理由として追完請求等ができないのみで、目的物に契約不適合があった場合、債務不履行責任を追及することは可能です。)。

また、売主が契約内容に適合する目的物を提供したにもかかわらず、買主が受領を拒んでいる間に、当事者双方の責めに帰することのできない事由により目的物が滅失・損傷したときも、上記と同様の扱いとなります(改正民法567条2項)。

 

2 経過措置

改正民法施行日前に締結された売買契約及びこれに付随する買戻しその他の契約については、なお従前の例によるとされています(附則34条)。したがって、売買契約締結日が改正民法施行日前後であるか否かによって適用される規定が異なります。

 

3 契約書に与える影響

売買契約の目的物が契約に適合しているか否かは、従来の瑕疵担保責任における瑕疵と同様、取引通念等を考慮して総合的に判断されるため、適合しているかどうかの判断基準は改正前後で変わりがないと考えられます。

他方、目的物に契約不適合があった場合の追完請求権(改正民法562条1項)の規定は任意規定であるため、買主の追完請求権、売主による追完方法の指定を排除することも可能です。しかし、契約の相手方が消費者である場合、消費者契約法違反の問題が生じるものであるため、同法に違反しないよう内容を精査する必要があります。

 また、今回の改正により目的物の滅失等による危険の移転のタイミングが引渡時であることが明らかにされましたが(改正民法567条1項)、任意規定であるためこれと異なる危険の移転時期を定めることも可能です。

弁護士 六角 麻由

 

民法改正と契約書~第8回 債権譲渡~

2020.10.07

1 改正の概要

平成29年改正前民法のもとでは、

・一身専属権等、性質的に譲渡ができない債権を除き、債権は自由に譲渡できる。

・ただし、債権者と債務者の間で、債権譲渡を禁止する特約は有効。したがって、当事者の合意により、債権譲渡を不可能とすることができる。

・債権の譲受人が債権譲渡禁止特約について善意かつ無重過失であった場合、債権譲渡禁止特約を譲受人に対抗することができず、債権譲渡は有効となる。

とされていました(平成29年改正前民法466条)。

しかし、最近では債権譲渡禁止特約があることで、債権譲渡による資金調達が妨げられている等の問題が生じたため、改正民法では債権譲渡禁止特約が付されている債権についても、債権譲渡は有効とされる等(改正民法466条)、債権譲渡について大きな改正がなされました。

(1)債権譲渡を制限する特約が付された債権の譲渡の効力

今回の改正により、債権譲渡を制限する特約が付された債権の譲渡は、譲受人が特約を認識していたか否かにかかわらず、有効となりました(改正民法466条2項)。ただし、譲受人が譲渡制限特約を認識していたかどうかによって、債務者が取りうる対応が変わってきます。

ア 譲受人が譲渡制限特約について善意又は、特約を知らないことについて重過失がない場合

債権譲渡は有効であり、譲受人が債務者に対する債権譲渡の対抗要件を具備していれば、債務者は譲受人に履行をしなければなりません。

 

イ 譲受人が譲渡制限特約について悪意又は、特約を知らないことについて重過失がある場合

この場合も債権譲渡は有効ですが、債務者は次の対応をとることができます。

(ア)譲受人に債務の履行を行う。

(イ)譲受人に対する債務の履行を拒絶し、債権者(譲渡人)に対する弁済等の履行をして、債権が消滅したらその旨を譲受人に主張する(改正民法466条3項)。
なお、債務者が譲受人への履行を拒絶し、債権者(譲渡人)からの履行請求にも、債権譲渡を理由に履行を拒絶することを防止するため、譲受人は債務者が債務を履行しない場合、次のような対応をとることができます。

①譲受人その他の第三者が債務者に対し、相当期間を定めて債権者(譲渡人)へ弁済等の履行をするよう催告する。

②その期間内に履行がされなければ、債務者は譲受人への弁済拒絶等の改正民法466条3項に定める抗弁を主張できなくなるので(改正民法466条4項)、譲受人が自分への履行を請求する。

(ウ)(金銭の給付を目的とする債権の譲渡の場合)供託をする(改正民法466条の2第1項)。
ウ なお、譲渡制限特約付きの金銭債権が譲渡され、その後債権者(譲渡人)が破産した場合には、その債権の全額を譲り受けた者が譲渡制限特約について悪意又は重過失であっても、債務者に供託を求めることができます(改正民法466条の3)。

(2)悪意の譲受人の債権者が差押えをした場合の効力について

前記(1)イ(イ)のとおり、債務者は、譲渡制限特約について悪意又は知らなかったことについて重過失のある譲受人その他の第三者への履行を拒絶できます。この場合、譲受人の債権者が譲渡債権を差し押さえたとしても、債務者は譲受人の債権者に対し、履行を拒絶することができ、債権者(譲渡人)への履行をすることが可能です(改正民法466条の4第2項)。

(3)将来債権の譲渡性の明文化

平成29年改正前民法では、将来発生する債権の譲渡については、明文の規定がありませんでしたが、有効であるとされてきました。今回の改正により、将来債権の譲渡が有効であるとの規定が新たに設けられ(改正民法466条の6第1項)、譲渡後に債権が発生した場合には、譲受人が発生した債権を当然に取得することが明らかにされました(同条第2項)。

また、将来債権の譲渡について、債務者への対抗要件が具備されるまでの間に譲渡制限の意思表示がされた場合、譲受人は特約について悪意とみなされます(改正民法466条の6第3項)。

(4)債権譲渡の対抗要件について

平成29年改正前民法では、債務者が「異議をとどめない承諾」をすることで、債権者(譲渡人)に主張できた抗弁を譲受人に対抗できなくなるとされていました(平成29年改正前民法468条1項)。今回の改正により、異議をとどめない承諾による抗弁切断の規定が廃止されたため、今後、債務者から抗弁の放棄を受けるためには、放棄の意思表示を得る必要があります。

(5)相殺について 

平成29年改正前民法では、債務者が譲受人に抗弁を主張できる場合については、改正前民法468条2項の規定しかなく、債務者が相殺を主張できる場合は解釈に委ねられていました。

今回の改正によって、債務者は、対抗要件が具備される前に取得した譲渡人に対する債権による相殺を譲受人に対抗できる(改正民法469条1項。なお、対抗要件具備後に他人に対する債権を取得した場合は相殺を対抗できません。)ことが明らかにされました。

また、債権者が対抗要件具備後に取得した債権者(譲渡人)に対する債権であっても、①対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権、②譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権、であれば、債務者は譲渡人に対する債権による相殺を譲受人に対抗できるとされました(改正民法469条2項)。

ここでいう譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて発生した債権とは、「譲渡された将来の売買代金債権と、当該売買代金債権を発生させる売買契約の目的物の瑕疵(契約不適合)を理由とする買主の損害賠償請求権との相殺」が例として挙げられます。今後は、どのような債権が上記②の債権に該当するのか、判例・実務の集積が待たれます。

 

2 経過措置

改正民法施行日前に債権譲渡の原因である法律行為(売買等)がされた場合の債権譲渡については、平成29年改正前民法が適用されます(附則22条)。

 

3 契約書に与える影響

これまでは、継続的な取引を行う際の基本契約で、債権譲渡禁止特約を付している例が多数ありましたが、今後は譲渡禁止特約を付していても債権譲渡が有効とされるため実務に大きな影響があります。なお、債権譲渡が有効とされたとしても、譲受人が譲渡制限特約について悪意又は重過失であれば、債務者はなお債権者(譲渡人)に弁済をして譲受人に対抗することができるため、譲渡制限特約を設ける意義はなお存続するものと考えられます。

弁護士 六角 麻由

民法改正と契約書~第7回 消滅時効~

2020.09.10

1 改正の概要

(1)消滅時効期間と時効の起算点の変更

平成29年改正前民法のもとでは、権利行使が可能な時から消滅時効が進行し、時効期間は原則として10年とされていましたが(平成29年改正前民法167条1項)、商事債権については5年(改正前商法522条)、その他一部債権については1~3年の短期消滅時効が定められている等(平成29年改正前民法170条~174条)、複雑な内容となっていました。

改正民法では、上記の短期消滅時効の規定はすべて廃止され、

①権利行使可能な時から10

  又は

②権利行使が可能であることを知ったときから5

のいずれかの期間が経過することにより、時効が完成することになり(改正民法166条)、人の生命・身体の侵害による損害賠償の請求権に関してのみ、(2)で定める例外が定められることになりました。

(2)損害賠償請求権の時効期間の特則

ア 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効

前記(1)のとおり、改正民法では原則として消滅時効期間は権利行使可能時から10年、又は権利行使が可能であることを知ったときから5年となりました。しかし、生命・身体の侵害による損害賠償請求権については、権利行使の機会を十分に確保するため、権利行使が可能な時から20年、又は権利行使が可能であることを知ったときから5年と時効期間が伸長されています(改正民法167条)。

イ 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効

従前、不法行為による損害賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知った時から3年で時効により消滅し、不法行為時から20年を経過した場合も同様とする(なお、20年に関しては除斥期間と解されていました)とされていました(平成29年改正前民法724条)。

今回の改正により、不法行為による損害賠償請求権については

① 被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知ったときから3年

   又は

② 不法行為時から20年

のいずれかの期間が経過することにより時効が完成するとされ、②についても除斥期間ではなく、時効期間であることが明記されるようになりました(改正民法724条)。

ただし、人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権については、前記(2)アと同様の理由により、権利行使可能な時から20年、被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知ったときから5とされています(改正民法724条の2)。

(3)時効の完成猶予と更新

平成29年改正前民法では、消滅時効の進行を止めるものとして、時効の中断(時効の進行がリセットされ、新たに時効期間が進行する)・停止(時効の進行が一時停止する)という概念がありました。また、裁判上の請求等、一部の時効中断事由については、取り下げ等一定の理由により終了した場合には、さかのぼって時効中断の効力が生じないとされており(平成29年改正前民法149条~152条、154条)、わかりづらい内容になっていました。

今回の改正により、時効期間の進行がリセットされる場合が「時効の更新」、時効期間の進行が一時停止する場合が「時効の完成猶予」と呼ばれるようになり、消滅時効の進行がリセットされる場合等について、以下のとおり整理されました。

ア 裁判上の請求等について(改正民法147条)

裁判上の請求、支払督促の申立、民事訴訟法275条1項の和解又は民事調停法もしくは家事事件手続法による調停、破産手続参加又は更正手続参加がされた場合

①これらの事由が終了するまでは時効が完成しない。

②上記事由が終了した場合、終了時から新たに時効が進行する。確定判決等により権利が確定した権利については、時効期間は10年となる(改正民法169条)。

③ただし、確定判決等により権利が確定することなく、上記事由が終了した場合には、時効の更新はされず、事由の終了時から6ヶ月を。経過するまでは時効が完成しないという時効の完成猶予の効力が生じるのみ

イ 強制執行等について(改正民法148条)

強制執行、担保権の実行、民事執行法195条の形式的競売、民事執行法196条の財産開示手続きがされた場合

①これらの事由が終了するまでは時効が完成しない。

②上記事由が終了した場合、終了時から新たに時効が進行する。

③ただし、申立ての取り下げ、法律の規定に従わないことによりその事由が終了した場合には、終了時から6ヶ月を経過するまでは時効が完成しないという時効の完成猶予の効力が生じるのみ。

 ウ 仮差押え等について(改正民法149条)

仮差押え、仮処分がされた場合

事由が終了したときから6ヶ月を経過するまでは時効が完成しないという、時効の完成猶予の効力が生じるのみ。

 エ その他

債務の承認による時効の更新(改正民法152条)、催告による時効の完成猶予(改正民法150条)が明文化されたほか、天災等による時効の完成猶予期間が3ヶ月になる(改正民法161条)等の改正がされています。

(4)協議による時効の完成猶予

改正民法では、当事者間の権利について協議を行う旨の合意が書面(電磁的記録を含む)でされた場合には、以下に定めるいずれかの期限が到来するまでは、時効の完成が猶予される旨の規定が新設されました(改正民法151条)。

①合意時から1年を経過したとき

②合意において、1年以内の協議期間を定めた場合には、その期間経過時

③当事者の一方が相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でしたときは、その通知の時から6ヶ月を経過したとき

なお、合意により時効の完成が猶予されている間に、再度協議を行う旨の合意をしたときは、再度時効の完成を猶予させることができますが、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべきときから、5年を超えることはできません。

また、協議期間中に催告がされても、当該催告に時効の完成猶予の効果はなく、催告により時効の完成が猶予されている間に書面による協議の合意がされても、その合意に効力は生じないため、注意が必要です。

 

2 経過措置

(1)債務不履行責任について

改正民法施行日前に債権が生じた場合にはなお改正前民法が適用され(附則10条4項)ます。ここでいう「施行日前に債権が生じた場合」には、債権の発生原因となる法律行為が施行日前にされたときを含みます(附則10条1項)。したがって、施行日前に請負契約を締結し、その後請負業務が完了して報酬が発生した場合の報酬請求権の消滅時効は、なお改正前民法によると考えられます

生命・身体侵害の場合の特則については、改正民法施行日前に生じた債権についてはなお従前の例によるため、適用されません(附則10条4項。なお、「施行日前に債権が生じた場合」の解釈は上記のとおりです。)。

改正前民法における時効の中断、停止についても、改正民法施行日前に生じたものについてはなお従前の例によるとされていますが(附則10条2項)、協議を行う際の合意による時効の完成猶予については、改正民法施行日後に書面が作成されれば、施行日より前に発生した債権であっても改正法の適用を受けることになります(附則10条3項)。

(2)不法行為責任について

改正前民法施行日前に、平成29年改正前民法724条後段の期間(不法行為時から20年)を経過していないものについては、改正民法の時効期間が適用され、すでに経過しているものについては従前の例によるとされています(附則35条1項)

生命・身体侵害の場合の特則については、改正民法施行日前に時効が完成していないものについて適用され、すでに時効が完成しているものには適用されません(附則35条2項)。

 

3 契約書に与える影響

消滅時効に関する規定は強行法規であり、時効の利益を事前に放棄できないことに変わりはないため、契約書の文言への影響は少ないと考えられます

しかし、客観的に権利行使が可能である時から5年以上経過した後に、権利行使が可能であることを知った場合、権利行使が可能であることを知ったときから5年ではなく、権利行使可能な時点から10年で消滅時効が完成してしまう場合があるなど(改正民法166条)、一定の場合には、権利行使ができる期間が従前よりも短くなることもあり、迅速に権利行使を行う必要があります。したがって、権利の行使や債権の管理には、改正前よりもより一層注意を払う必要が出てきます。

弁護士 六角 麻由

 

民法改正と契約書~第6回 保証契約(連帯保証・根保証)~

2020.09.08

1 改正の概要

保証債務には、通常の保証債務、連帯保証債務、根保証債務等様々な種類があります。今回の改正では、根保証債務の場合、保証人の種類(法人か個人か)、根保証債務の対象に貸金等債務(主たる債務の範囲に金銭の貸し渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務)が含まれるかによって、異なる規制がされるようになる等、個人の保証人が過大な保証債務を負わないようにする方向で改正がされています。

(1)連帯保証人について生じた事由の効力

従前は、連帯保証人に対する履行の請求がされたり、連帯保証人について契約の更改、相殺、免除、混同、時効の完成が生じたりした場合、その効力は主たる債務者にも及ぶとされていました(改正前民法458条、434条~440条)。しかし今回の改正によって、連帯保証人について契約の更改、混同が生じた場合にのみ、その効力が主たる債務者に及ぶものとされ、連帯保証人に履行の請求をしても、主たる債務者にその効力は及ばないものとされました(改正民法458条)。

(2)個人が行う根保証契約における極度額の設定

平成29年改正前民法のもとでは、個人が行う貸金等債務の根保証契約については、極度額の定めが必要とされていましたが、それ以外の根保証契約(継続的な取引にかかる売買代金債務を主たる債務とする根保証契約等)については、極度額の設定は不要でした。しかし、今回の改正により、個人が行うすべての根保証契約について、極度額の設定が必要とされるようになり(改正民法465条の2第1項)極度額を設定していない根保証契約は無効となることも定められました(改正民法465条の2第2項。なお改正の前後を問わず、極度額の定めは書面又は電磁的記録により行わなければなりません。)。

(3)根保証契約の元本確定事由

これまでは、個人が行う貸金等根保証契約について、①債権者が主債務者又は保証人の財産にについて、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき、②主債務者又は保証人が破産手続の開始決定を受けたとき、③主債務者又は保証人が死亡したときに元本が確定するとされていました(平成29年改正前民法465条の4)。

今回の改正では、個人が行う根保証契約と、個人が行う貸金等根保証契約それぞれに異なる元本確定事由が定められました(改正民法465条の4)。

ア 個人が行う根保証契約の元本確定事由(改正民法465条の4第1項)

・債権者が保証人の財産について、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき
・保証人が破産手続開始決定を受けたとき
・主債務者又は保証人が死亡したとき

イ 個人が行う貸金等根保証契約の元本確定事由

・前記アの場合
・債権者が主債務者の財産について、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき
・主債務者が破産手続開始決定を受けたとき

(4)事業に関する債務についての保証契約の特則

中小企業への融資が行われる場合、金融機関から会社の代表者・その親族が保証人となるよう求められることが多々ありましたが、この場合の保証債務は高額になり、保証人が生活破綻に追い込まれることも多く、問題視されてきました。

個人の保証人が予想外の債務を負担することがないよう、今回の改正により、①事業のために負担した貸金等債務を主債務とする保証契約を締結する場合、又は②主債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約を締結する場合には、保証契約の締結に先立ち、保証契約締結日の前の1ヶ月以内に公正証書を作成して保証債務の履行意思を表示しなければ、保証契約は効力を生じないこととされました(改正民法465条の6第1項)。

ただし、以下の場合には公正証書作成による保証意思の表示は不要です。

主債務者 保証人となるとする者
制限なし 法人(改正民法465条の6第3項)
法人 当該法人の理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる者である場合(改正民法465条の9第1号)
法人 主債務者の議決権の過半数を有する等、改正民法465条の9第2号イないしニに定める者
法人以外
(個人事業主等)
主債務者と共同して事業を行う者、又は主債務者が行う事業に現に従事している主債務者の配偶者(改正民法465条の9第3号)

(5)情報提供義務の創設

保証契約を締結するにあたり、主債務者の経済状況を知ることは保証人にとって重要であることから、保証契約の締結時、保証人から請求があったとき、期限の利益喪失時に保証人に対する主債務者の経済状況等の開示義務が定められました。

ア 保証契約締結時の情報提供義務(改正民法465条の10)

【情報提供が必要な場合】

・事業のために負担する債務を主債務とする保証又は主債務の範囲に事業のために負担する債務が含まれる根保証の委託をする場合

【情報提供義務者】

・主債務者

【情報提供対象者】

・保証人(保証人が法人である場合を除く)

【提供すべき情報】

・財産及び収支の状況
・主債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況
・主債務の担保としてほかに提供し、又は提供しようとするものがあるときはその旨とその内容

【情報提供を怠った場合の効果】

・正確な情報を提供しない等した結果、保証人が誤認して保証契約を締結した場合、債権者が情報提供を怠ったことについて知っていたか、知ることができたときは、保証人は保証契約の取り消しが可能

イ 保証人の請求による情報提供義務(改正民法458条の2)

【情報提供が必要な場合】

・主債務者の委託を受けて保証人が保証した場合で、保証人が請求したとき

【情報提供義務者】

・債権者

【情報提供対象者】

・保証人(法人の場合も含む)

【提供すべき情報】

・主債務の元本及び主債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たるすべてのものについての不履行の有無、これらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額

【情報提供を怠った場合の効果】

・債権者から保証人に対する債務不履行となるため、保証人から債権者に対する損害賠償請求、保証契約の解除等

ウ 期限の利益喪失時の情報提供義務(改正民法458条の3)

【情報提供が必要な場合】

・主債務について期限の利益があるときに、期限の利益を喪失した場合、債権者が期限の利益の喪失を知ったとき

【情報提供義務者】

・債権者

【情報提供対象者】

・保証人(保証人が法人である場合を除く)

【提供すべき情報】

・主債務者が期限の利益を喪失したこと(なお、債権者が期限の利益喪失を知ったときから2ヶ月以内に通知しなければならない)

【情報提供を怠った場合の効果】

・債権者は保証人に対し、期限の利益喪失時から期限の利益喪失の通知までに発生した遅延損害金に関する保証債務の履行請求ができない

 

2 経過措置

改正民法施行期日前に締結された保証契約にかかる保証債務については、現行民法が適用されます(附則21条)。したがって、保証債務の履行が改正民法施行期日後であっても、保証契約が改正民法施行日までに締結されていれば、なお従前の規定が適用されます。

 

3 契約書に与える影響

個人の根保証契約については、主債務が何であっても極度額の設定が必要となり、極度額の設定がない場合、根保証契約が無効となるため、必ず契約書に極度額を定める必要があります

また、前記1(4)の公正証書作成が必要となる場合、公正証書を作成してから1ヶ月以内に保証契約が締結されなかった場合、再度公正証書の作成が必要になりますので、保証契約を締結するタイミングも重要になってきます。なお、主債務者と一定の関係にある者は公正証書の作成が免除されますが、主債務者の行う事業に現に従事している配偶者の業務従事性については、厳格に解すべきと考えられており、安易に公正証書の作成が免除されるわけではない点にも留意する必要があります。

弁護士 六角 麻由

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