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外国の裁判所を専属的管轄裁判所とする合意の効力

2023.04.10

国際的商取引契約においては、当該契約に関して契約当事者間に紛争が生じて訴訟を提起する場合にいずれの国の裁判所を専属的管轄裁判所とするかについて、あらかじめ合意してこれを契約条項中に定めておくのが通例である。

当職らは、この国際裁判管轄合意の有効性が争われた損害賠償請求訴訟の被告訴訟代理人を務めて、被告の本社所在地であるアメリカ合衆国ミネソタ州の裁判所を専属管轄と定めた合意が有効であり、日本の裁判所の裁判権が排除されるとして原告の訴えを不適法却下する旨の判決を得た(東京地裁令和4年10月26日判決。控訴はなく確定)。本判決において示された争点に関する判断は、同様の紛争を処理しようとする場合、更には同様の契約を締結するに当たって管轄合意をしようとする場合に参考になると思われるので、関連する裁判例や文献も引用しつつ紹介する。

1 前提となる事実関係

(1) 本件契約は、原告が特殊な製品を量産製造して被告に継続的に供給することを約束する内容のものであったところ、それが実行される前に破棄されたことから、原告は、被告に信義則上の義務違反があり、これが契約締結上の過失に当たるとして、本件契約の準備段階(本件契約に向けての交渉過程)において支出した多額の費用等につき、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。
(2) 本件契約書においては、本件契約の準拠法をミネソタ州法と定めた一条項中で、同州所在の連邦裁判所及び州裁判所を唯一かつ排他的な裁判管轄・裁判地とする旨合意すると定められていたが、例えば、「本件契約に基づく紛争に関して」とか「本件契約から直接的又は間接的に生じる全ての紛争に関して」といった、管轄合意の対象となる紛争を具体的に特定・明示するような文言は付記されていなかった。他方で、「紛争が本件契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかかわらず、本件条項が適用される」といった、広範な紛争を対象とする旨の包括的な文言が付記されているわけではなかった。

2 本件の争点

(1) 本件管轄合意が、「一定の法律関係に基づく訴え」(民訴法3条の7第2項)に関する合意であることという、管轄合意の有効要件(以下「一定性の要件」という。)を充足するものといえるか。
(2) 本件管轄合意が、はなはだしく不合理で公序法に違反するといえるか。
なお、これが専属的管轄合意の有効性の判断要素の一つであることを明らかにした判例として、最高裁3小昭和50年11月28日判決・民集29巻10号1554頁(チサダネ号事件)がある(ちなみに、その立証責任は管轄合意の無効を主張する側が負うことになる。)。
(3) 本件管轄合意が有効であるとして、これが本件契約の準備段階における不法行為に基づく損害賠償請求である本件訴えに適用されるか。

3 本判決の判断と参考となる裁判例・文献

(1) 争点(1)について

本判決は、本件管轄合意の条項にはその対象となる紛争を具体的に明示する文言はないものの、本件契約に起因して又は関連して生じた紛争を対象として合意されたものと解することが、当事者の通常の合理的意思解釈に合致するとして、本件管轄合意につき「一定性の要件」は充足されていると判断した。

なお、本件と同様に、契約当事者の通常の合理的意思解釈に基づいて、専属的管轄合意につき「一定性の要件」が充足されていると判断した裁判例として、東京高裁令和2年7月22日判決・判例時報2491号10頁がある。この判決では、基本契約の紛争解決条項中に、「紛争が本件契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかかわらず、本件条項が適用される」という上述したような包括的な文言があったにもかかわらず、同様の合理的意思解釈が可能とされており、その結果、当該管轄合意を無効とした東京地裁令和元年9月4日判決・判例時報2491号15頁(同地裁平成28年2月15日中間判決も併せて掲載)は取り消され、訴えが却下されている。この東京高裁判決の評釈としては、土田和博・ジュリスト1560号103頁、後友香・ジュリスト1576号162頁等があるほか、原審中間判決の評釈である道垣内正人・NBL1077号25頁(原審の判断に反対)が参考になる。

(2) 争点(2)について

原告は、本件訴えは日本と密接に関連しており、また、原告と被告の企業規模には著しい差があるから、ミネソタ州の裁判所において審理が行われると、迅速・円滑な審理が妨げられるし、原告が訴訟追行のために過大な負担を負うことになるから、本件管轄合意は公序法に違反し無効である旨主張した。

これに対し、当方は、原告がこれまで多数の外国企業とも取引をしており、英国や中国にも活動拠点を有している企業であることなどを反論・反証したところ、本判決は、同州が被告の本店所在地であり、本件契約とも関連していることなどの事情も併せて考慮した上で、本件訴えが同州の裁判所で審理されることにより原告が不合理で過大な負担を強いられると認めるに足りないと判断し、結局、本件管轄合意は有効であると結論づけた。

(3) 争点(3)について

原告は、本件管轄合意には対象とする紛争の範囲についての言及がなく、曖昧な表現がされているとして、英米法の「Contra Proferentem(起草者不利の原則)」準則を援用し、こうした場合には本件契約の起草者である被告に不利に解釈すべきであるから、本件契約から生じた紛争のみについて専属的合意管轄を定めたものと限定的に解釈すべきであるとした上で、これに従えば、本件訴えは、被告の契約締結上の過失を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求であり、本件契約から生じた紛争には当たらない旨主張した。

これに対し、当方は、そもそも裁判管轄に関する合意の有効性という民事訴訟における訴訟要件に関わる事項は、法廷地法である日本の国際民訴法により決定されるべきものであるが(通説。上記チサダネ号事件に係る最高裁判決もこれを前提としている。)、この点を措いても、本件管轄合意を含む本件契約条項については双方が協議を重ねて合意に達したものであるから、上記の英米法の準則が適用される前提を欠いており、しかも、専属的合意管轄を定めた契約当事者の通常の意思解釈からすれば、その対象については、契約成立の準備段階から契約消滅後の精算段階までの事柄について紛争が生じた場合をいうものと解するのが相当であり、また、本件訴えが不法行為に基づく損害賠償請求と構成されたとしても、本件管轄合意の援用を妨げる事情とはならない(これらの点については、東京高裁平成6年3月24日決定・判例タイムズ876号265頁やコンメンタール民事訴訟法Ⅰ[第3版]283頁を援用)旨反論したところ、本判決は、本件条項を起草したのが専ら被告であったと認めるに足りる証拠はないとした上で、本件契約の準備段階において生じた紛争も、本件契約に関連して生じた紛争に該当すると判断し、原告の主張を排斥した。

ちなみに、「Contra Proferentem」準則については、早川武夫・国際商事法務Vol.18、№11、1260頁に詳しい。

4 感想

民訴法3条の7第2項の「一定性の要件」に関する本判決の判断はともかくとして、国際的商取引に関する契約書を作成しようとする場合、管轄合意に関する条項については、その対象が「当該契約から直接的又は間接的に生じる全ての紛争」であることを明記しておき、後々管轄合意の有効性やその適用範囲について疑義が生じることのないようにしておくことが肝要といえよう。

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