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民法改正と契約書~第7回 消滅時効~

2020.09.10

1 改正の概要

(1)消滅時効期間と時効の起算点の変更

平成29年改正前民法のもとでは、権利行使が可能な時から消滅時効が進行し、時効期間は原則として10年とされていましたが(平成29年改正前民法167条1項)、商事債権については5年(改正前商法522条)、その他一部債権については1~3年の短期消滅時効が定められている等(平成29年改正前民法170条~174条)、複雑な内容となっていました。

改正民法では、上記の短期消滅時効の規定はすべて廃止され、

①権利行使可能な時から10

  又は

②権利行使が可能であることを知ったときから5

のいずれかの期間が経過することにより、時効が完成することになり(改正民法166条)、人の生命・身体の侵害による損害賠償の請求権に関してのみ、(2)で定める例外が定められることになりました。

(2)損害賠償請求権の時効期間の特則

ア 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効

前記(1)のとおり、改正民法では原則として消滅時効期間は権利行使可能時から10年、又は権利行使が可能であることを知ったときから5年となりました。しかし、生命・身体の侵害による損害賠償請求権については、権利行使の機会を十分に確保するため、権利行使が可能な時から20年、又は権利行使が可能であることを知ったときから5年と時効期間が伸長されています(改正民法167条)。

イ 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効

従前、不法行為による損害賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知った時から3年で時効により消滅し、不法行為時から20年を経過した場合も同様とする(なお、20年に関しては除斥期間と解されていました)とされていました(平成29年改正前民法724条)。

今回の改正により、不法行為による損害賠償請求権については

① 被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知ったときから3年

   又は

② 不法行為時から20年

のいずれかの期間が経過することにより時効が完成するとされ、②についても除斥期間ではなく、時効期間であることが明記されるようになりました(改正民法724条)。

ただし、人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権については、前記(2)アと同様の理由により、権利行使可能な時から20年、被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知ったときから5とされています(改正民法724条の2)。

(3)時効の完成猶予と更新

平成29年改正前民法では、消滅時効の進行を止めるものとして、時効の中断(時効の進行がリセットされ、新たに時効期間が進行する)・停止(時効の進行が一時停止する)という概念がありました。また、裁判上の請求等、一部の時効中断事由については、取り下げ等一定の理由により終了した場合には、さかのぼって時効中断の効力が生じないとされており(平成29年改正前民法149条~152条、154条)、わかりづらい内容になっていました。

今回の改正により、時効期間の進行がリセットされる場合が「時効の更新」、時効期間の進行が一時停止する場合が「時効の完成猶予」と呼ばれるようになり、消滅時効の進行がリセットされる場合等について、以下のとおり整理されました。

ア 裁判上の請求等について(改正民法147条)

裁判上の請求、支払督促の申立、民事訴訟法275条1項の和解又は民事調停法もしくは家事事件手続法による調停、破産手続参加又は更正手続参加がされた場合

①これらの事由が終了するまでは時効が完成しない。

②上記事由が終了した場合、終了時から新たに時効が進行する。確定判決等により権利が確定した権利については、時効期間は10年となる(改正民法169条)。

③ただし、確定判決等により権利が確定することなく、上記事由が終了した場合には、時効の更新はされず、事由の終了時から6ヶ月を。経過するまでは時効が完成しないという時効の完成猶予の効力が生じるのみ

イ 強制執行等について(改正民法148条)

強制執行、担保権の実行、民事執行法195条の形式的競売、民事執行法196条の財産開示手続きがされた場合

①これらの事由が終了するまでは時効が完成しない。

②上記事由が終了した場合、終了時から新たに時効が進行する。

③ただし、申立ての取り下げ、法律の規定に従わないことによりその事由が終了した場合には、終了時から6ヶ月を経過するまでは時効が完成しないという時効の完成猶予の効力が生じるのみ。

 ウ 仮差押え等について(改正民法149条)

仮差押え、仮処分がされた場合

事由が終了したときから6ヶ月を経過するまでは時効が完成しないという、時効の完成猶予の効力が生じるのみ。

 エ その他

債務の承認による時効の更新(改正民法152条)、催告による時効の完成猶予(改正民法150条)が明文化されたほか、天災等による時効の完成猶予期間が3ヶ月になる(改正民法161条)等の改正がされています。

(4)協議による時効の完成猶予

改正民法では、当事者間の権利について協議を行う旨の合意が書面(電磁的記録を含む)でされた場合には、以下に定めるいずれかの期限が到来するまでは、時効の完成が猶予される旨の規定が新設されました(改正民法151条)。

①合意時から1年を経過したとき

②合意において、1年以内の協議期間を定めた場合には、その期間経過時

③当事者の一方が相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でしたときは、その通知の時から6ヶ月を経過したとき

なお、合意により時効の完成が猶予されている間に、再度協議を行う旨の合意をしたときは、再度時効の完成を猶予させることができますが、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべきときから、5年を超えることはできません。

また、協議期間中に催告がされても、当該催告に時効の完成猶予の効果はなく、催告により時効の完成が猶予されている間に書面による協議の合意がされても、その合意に効力は生じないため、注意が必要です。

 

2 経過措置

(1)債務不履行責任について

改正民法施行日前に債権が生じた場合にはなお改正前民法が適用され(附則10条4項)ます。ここでいう「施行日前に債権が生じた場合」には、債権の発生原因となる法律行為が施行日前にされたときを含みます(附則10条1項)。したがって、施行日前に請負契約を締結し、その後請負業務が完了して報酬が発生した場合の報酬請求権の消滅時効は、なお改正前民法によると考えられます

生命・身体侵害の場合の特則については、改正民法施行日前に生じた債権についてはなお従前の例によるため、適用されません(附則10条4項。なお、「施行日前に債権が生じた場合」の解釈は上記のとおりです。)。

改正前民法における時効の中断、停止についても、改正民法施行日前に生じたものについてはなお従前の例によるとされていますが(附則10条2項)、協議を行う際の合意による時効の完成猶予については、改正民法施行日後に書面が作成されれば、施行日より前に発生した債権であっても改正法の適用を受けることになります(附則10条3項)。

(2)不法行為責任について

改正前民法施行日前に、平成29年改正前民法724条後段の期間(不法行為時から20年)を経過していないものについては、改正民法の時効期間が適用され、すでに経過しているものについては従前の例によるとされています(附則35条1項)

生命・身体侵害の場合の特則については、改正民法施行日前に時効が完成していないものについて適用され、すでに時効が完成しているものには適用されません(附則35条2項)。

 

3 契約書に与える影響

消滅時効に関する規定は強行法規であり、時効の利益を事前に放棄できないことに変わりはないため、契約書の文言への影響は少ないと考えられます

しかし、客観的に権利行使が可能である時から5年以上経過した後に、権利行使が可能であることを知った場合、権利行使が可能であることを知ったときから5年ではなく、権利行使可能な時点から10年で消滅時効が完成してしまう場合があるなど(改正民法166条)、一定の場合には、権利行使ができる期間が従前よりも短くなることもあり、迅速に権利行使を行う必要があります。したがって、権利の行使や債権の管理には、改正前よりもより一層注意を払う必要が出てきます。

弁護士 六角 麻由

 

民法改正と契約書~第6回 保証契約(連帯保証・根保証)~

2020.09.08

1 改正の概要

保証債務には、通常の保証債務、連帯保証債務、根保証債務等様々な種類があります。今回の改正では、根保証債務の場合、保証人の種類(法人か個人か)、根保証債務の対象に貸金等債務(主たる債務の範囲に金銭の貸し渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務)が含まれるかによって、異なる規制がされるようになる等、個人の保証人が過大な保証債務を負わないようにする方向で改正がされています。

(1)連帯保証人について生じた事由の効力

従前は、連帯保証人に対する履行の請求がされたり、連帯保証人について契約の更改、相殺、免除、混同、時効の完成が生じたりした場合、その効力は主たる債務者にも及ぶとされていました(改正前民法458条、434条~440条)。しかし今回の改正によって、連帯保証人について契約の更改、混同が生じた場合にのみ、その効力が主たる債務者に及ぶものとされ、連帯保証人に履行の請求をしても、主たる債務者にその効力は及ばないものとされました(改正民法458条)。

(2)個人が行う根保証契約における極度額の設定

平成29年改正前民法のもとでは、個人が行う貸金等債務の根保証契約については、極度額の定めが必要とされていましたが、それ以外の根保証契約(継続的な取引にかかる売買代金債務を主たる債務とする根保証契約等)については、極度額の設定は不要でした。しかし、今回の改正により、個人が行うすべての根保証契約について、極度額の設定が必要とされるようになり(改正民法465条の2第1項)極度額を設定していない根保証契約は無効となることも定められました(改正民法465条の2第2項。なお改正の前後を問わず、極度額の定めは書面又は電磁的記録により行わなければなりません。)。

(3)根保証契約の元本確定事由

これまでは、個人が行う貸金等根保証契約について、①債権者が主債務者又は保証人の財産にについて、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき、②主債務者又は保証人が破産手続の開始決定を受けたとき、③主債務者又は保証人が死亡したときに元本が確定するとされていました(平成29年改正前民法465条の4)。

今回の改正では、個人が行う根保証契約と、個人が行う貸金等根保証契約それぞれに異なる元本確定事由が定められました(改正民法465条の4)。

ア 個人が行う根保証契約の元本確定事由(改正民法465条の4第1項)

・債権者が保証人の財産について、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき
・保証人が破産手続開始決定を受けたとき
・主債務者又は保証人が死亡したとき

イ 個人が行う貸金等根保証契約の元本確定事由

・前記アの場合
・債権者が主債務者の財産について、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき
・主債務者が破産手続開始決定を受けたとき

(4)事業に関する債務についての保証契約の特則

中小企業への融資が行われる場合、金融機関から会社の代表者・その親族が保証人となるよう求められることが多々ありましたが、この場合の保証債務は高額になり、保証人が生活破綻に追い込まれることも多く、問題視されてきました。

個人の保証人が予想外の債務を負担することがないよう、今回の改正により、①事業のために負担した貸金等債務を主債務とする保証契約を締結する場合、又は②主債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約を締結する場合には、保証契約の締結に先立ち、保証契約締結日の前の1ヶ月以内に公正証書を作成して保証債務の履行意思を表示しなければ、保証契約は効力を生じないこととされました(改正民法465条の6第1項)。

ただし、以下の場合には公正証書作成による保証意思の表示は不要です。

主債務者 保証人となるとする者
制限なし 法人(改正民法465条の6第3項)
法人 当該法人の理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる者である場合(改正民法465条の9第1号)
法人 主債務者の議決権の過半数を有する等、改正民法465条の9第2号イないしニに定める者
法人以外
(個人事業主等)
主債務者と共同して事業を行う者、又は主債務者が行う事業に現に従事している主債務者の配偶者(改正民法465条の9第3号)

(5)情報提供義務の創設

保証契約を締結するにあたり、主債務者の経済状況を知ることは保証人にとって重要であることから、保証契約の締結時、保証人から請求があったとき、期限の利益喪失時に保証人に対する主債務者の経済状況等の開示義務が定められました。

ア 保証契約締結時の情報提供義務(改正民法465条の10)

【情報提供が必要な場合】

・事業のために負担する債務を主債務とする保証又は主債務の範囲に事業のために負担する債務が含まれる根保証の委託をする場合

【情報提供義務者】

・主債務者

【情報提供対象者】

・保証人(保証人が法人である場合を除く)

【提供すべき情報】

・財産及び収支の状況
・主債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況
・主債務の担保としてほかに提供し、又は提供しようとするものがあるときはその旨とその内容

【情報提供を怠った場合の効果】

・正確な情報を提供しない等した結果、保証人が誤認して保証契約を締結した場合、債権者が情報提供を怠ったことについて知っていたか、知ることができたときは、保証人は保証契約の取り消しが可能

イ 保証人の請求による情報提供義務(改正民法458条の2)

【情報提供が必要な場合】

・主債務者の委託を受けて保証人が保証した場合で、保証人が請求したとき

【情報提供義務者】

・債権者

【情報提供対象者】

・保証人(法人の場合も含む)

【提供すべき情報】

・主債務の元本及び主債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たるすべてのものについての不履行の有無、これらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額

【情報提供を怠った場合の効果】

・債権者から保証人に対する債務不履行となるため、保証人から債権者に対する損害賠償請求、保証契約の解除等

ウ 期限の利益喪失時の情報提供義務(改正民法458条の3)

【情報提供が必要な場合】

・主債務について期限の利益があるときに、期限の利益を喪失した場合、債権者が期限の利益の喪失を知ったとき

【情報提供義務者】

・債権者

【情報提供対象者】

・保証人(保証人が法人である場合を除く)

【提供すべき情報】

・主債務者が期限の利益を喪失したこと(なお、債権者が期限の利益喪失を知ったときから2ヶ月以内に通知しなければならない)

【情報提供を怠った場合の効果】

・債権者は保証人に対し、期限の利益喪失時から期限の利益喪失の通知までに発生した遅延損害金に関する保証債務の履行請求ができない

 

2 経過措置

改正民法施行期日前に締結された保証契約にかかる保証債務については、現行民法が適用されます(附則21条)。したがって、保証債務の履行が改正民法施行期日後であっても、保証契約が改正民法施行日までに締結されていれば、なお従前の規定が適用されます。

 

3 契約書に与える影響

個人の根保証契約については、主債務が何であっても極度額の設定が必要となり、極度額の設定がない場合、根保証契約が無効となるため、必ず契約書に極度額を定める必要があります

また、前記1(4)の公正証書作成が必要となる場合、公正証書を作成してから1ヶ月以内に保証契約が締結されなかった場合、再度公正証書の作成が必要になりますので、保証契約を締結するタイミングも重要になってきます。なお、主債務者と一定の関係にある者は公正証書の作成が免除されますが、主債務者の行う事業に現に従事している配偶者の業務従事性については、厳格に解すべきと考えられており、安易に公正証書の作成が免除されるわけではない点にも留意する必要があります。

弁護士 六角 麻由

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