弁護士ブログ

BLOG

民法改正と契約書~第10回 賃貸借契約~

2021.01.15

1 改正の概要

賃貸借契約については、多数の改正がされていますが、賃貸借契約終了時の返還義務の追加等、判例実務を明文化したものが多数です。特に大きな変更は、賃貸借契約期間の上限の変更、賃貸不動産が譲渡された場合の取り扱い、賃借物の一部滅失による賃料減額等が挙げられます。なお、建物の賃貸借契約及び建物所有を目的とする土地の賃貸借契約については、借地借家法が適用されることに変わりはありません。

 

(1)賃貸借目的物の返還義務

平成29年改正前民法では、借主の目的物返還義務が明示されていませんでした。そこで、今回の改正により、賃貸借契約終了時に目的物の返還債務を負う旨が明記されました(改正民法601条)。

 

(2)賃貸借の存続期間

従前は、賃貸借契約の存続期間・更新期間は20年が上限とされていましたが、今回の改正により、賃貸借契約の存続期間・更新期間ともに50年が上限とされました(改正民法604条1項、2項)。本規定は強行規定であり、また、賃貸借契約が改正民法施行日前に締結されていても、施行日後に契約を更新する場合には、本規定が適用され、更新期間は最長で50年となります(附則34条2項)。

なお、建物・建物所有を目的とする土地の賃貸借契約に関しては、借地借家法が適用されるため、本規定の適用はありません

 

(3)不動産賃貸借の対抗力・不動産の賃貸人たる地位の移転

ア 不動産賃貸借の対抗力について

不動産の賃貸借については、以下のとおり内容が変更されました。

・「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる」(平成29年改正前民法605条)

・「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者対抗することができる」(改正民法605条)。

この改正は、不動産賃貸借の登記の後に登場した者だけではなく、不動産賃貸借の登記の前に登場している第三者(不動産を差し押さえた者等も含む)との優劣は登記の先後により決すること、賃貸人の地位の移転の問題と、第三者への賃借権の対抗問題を区別することを目的としたものです。実務の扱いや従前の理解を明らかにしたもので、実務に大きな影響はないと考えられます。

 

イ 不動産の賃貸人たる地位の移転について

賃貸不動産が譲渡された場合の賃貸借契約の帰趨については、従前、民法に規定がありませんでした。そこで、賃貸不動産の譲渡に伴う賃貸人の地位の移転について、新たに次のような規定が設けられました。

(ア)賃貸人たる地位の移転

不動産賃貸借について、登記や借地借家法に定める対抗要件が具備されている場合、対象不動産が譲渡されたときは、賃貸人たる地位は新所有者に移転します(改正民法605条の2第1項)。

(イ)賃貸人たる地位の留保

(ア)にかかわらず、不動産の旧所有者と新所有者が①賃貸人としての地位を旧所有者に留保すること、及び②その不動産を新所有者が旧所有者に賃貸すること、を合意した場合には、賃貸人の地位は旧所有者に留保されます(改正民法605条の2第2項前段)。新所有者と旧所有者の賃貸借契約が終了した場合、賃貸人の地位は新所有者又はその承継人に移転します(同後段)。

(ウ)賃貸人たる地位の移転の対抗要件

賃貸人たる地位の移転を賃借人に対抗するためには、不動産の所有権移転登記が必要です(改正民法605条の2第3項)。

(エ)賃貸人たる地位の移転に伴う敷金返還債務等の承継

賃貸人たる地位が新所有者又はその承継人に移転した場合、費用償還請求権(改正民法608条)及び敷金返還に関する債務(改正民法622条の2第1項)は新所有者又はその承継人が承継します(改正民法605条の2第4項)。なお、この点について特約がある場合には、特約が優先されます

(オ)合意による不動産の賃貸人たる地位の移転

所有者=賃貸人である不動産が譲渡された場合、賃借人の合意がなくとも、旧所有者と新所有者の合意により、賃貸人たる地位を新所有者に移転させることができるとされました(改正民法605条の3)。

本規定は、対抗要件を具備していない賃貸借契約を引き継ぎたい場合に有益なものですが、所有権の移転を伴わない場合には適用されない(したがって、所有権を移転せずに不動産の賃貸人たる地位を移転するためには、賃借人の同意が必要)、注意が必要です。

 

(4)不動産賃借人の妨害停止請求

従前、不動産の賃貸借について、第三者がその利用を妨げている場合、賃借人がその妨害を排除できるのか、できる場合にはいかなる根拠によるものか、という点が議論されていました。今回の改正により、不動産賃貸借について借地借家法等に定める対抗要件を具備している場合、賃借人は利用を妨げている第三者に対し、妨害停止請求・返還請求ができることが明文化されました(改正民法605条の4)。

本規定は、改正民法施行日前に賃貸借契約が締結されている場合でも、施行日後に第三者が不動産の利用を妨害すれば適用されます(附則34条3項)。

 

(5)賃貸借目的物の修繕

平成29年改正前民法では、賃貸人が賃貸物の修繕義務を負う旨が定められていましたが(平成29年改正前民法606条)、賃借人の責めに帰すべき事由により修繕が必要になった場合にも賃貸人が修繕義務を負うのか、また、どのような場合に賃借人が修繕可能なのか、という点が明らかではありませんでした。

今回の改正により、賃貸人は賃貸物の使用収益に必要な修繕義務を負うが、賃借人の責めに帰すべき事由により修繕が必要になった場合は修繕義務を負わない(改正民法606条1項)ことが明記されました。また、賃借人が賃貸人に修繕が必要であることを通知し、賃貸人がその旨を知ったにも関わらず、賃貸人が相当期間内に必要な修繕を行わない場合又は急迫の事情がある場合には、賃借人が修繕できる旨も明記されました(改正民法607条の2)。

本規定は任意規定であるため、特約により別の定めを置くことが可能です。

 

(6)賃料減額関係

ア 減収による賃料減額請求

従前は、収益を目的とする土地の賃借人は、不可抗力によって賃料より少ない収益を得た場合には、収益の額まで賃料の減額を請求できるとされていました(平成29年改正前民法609条)。しかし、今回の改正により、「耕作又は牧畜」を目的とする土地の賃借人のみに減収による減額請求が認められることとなりました。

イ 賃借物の一部滅失等による賃料減額

平成29年改正前民法のもとでは、賃借物の一部が賃借人の過失によらずに滅失したときは、滅失部分の割合に応じて賃料の減額請求が可能であると定められていました(平成29年改正前民法611条1項)。しかし、賃借物の利用ができないときは、滅失以外の場合でも減額が認められるべきであること、公平の観点から請求によらずに減額を認めるべきであることから、今回の改正により、

①賃借物の一部が滅失その他の理由により使用収益できない

②使用収益の不能が、賃借人の責めに帰することのできない事由によるもの

という要件を満たす場合には、賃借人の請求がなくとも、当然に賃料が減額されることとなりました(改正民法611条1項)。

ウ 使用収益不能の場合の解除権

また、平成29年改正前民法のもとでは、賃借人の責めに帰することのできない事由により目的物が一部滅失した場合、残存部分だけでは賃借目的を達成できないときは、賃借人は契約の解除ができるとされていました。

しかし、利用不能の原因・賃借人の帰責事由の有無にかかわらず、契約目的を達成できないのであれば契約の解除を認め、帰責性については損害賠償で解決するのが相当であることから、今回の改正により、

①賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益できなくなった

②残存部分のみでは賃借人が賃借目的を達成できない

 という要件を満たす場合には、賃借人から契約の解除ができることとされました(改正民法611条2項)。

 

(7)原状回復義務

平成29年改正民法では、契約期間中に賃借物に生じた損傷や通常損耗の取り扱いが明確にされていませんでした。そこで、今回の改正において、賃貸借契約が終了した場合、賃借人は原状回復義務を負う(ただし、通常損耗、自らの帰責事由によらない損傷は除く)ことが明文化されました(改正民法621条)。

この規定は任意規定であり、当事者の合意により、異なる定めを置くことが可能です。

 

(8)敷金に関する規定の創設

賃貸借契約(特に不動産賃貸借)では敷金の定めが重要な役割を負っていますが、平成29年改正前民法では、敷金に関する規定はありませんでした。今回の改正により、敷金の定義が設けられ、敷金が返還される場合、賃借人が賃料債務等の履行をしない場合に賃貸人は敷金を充当できること等、従前の実務の取り扱いが明文化されました(改正民法622条の2)

 

2 経過措置

前記1に個別に記載したものを除き、改正民法の施行日前に賃貸借契約が締結された場合の賃貸借契約、及び付随する特約については、平成29年改正前の民法が適用されます(附則34条1項)。

 

3 契約書に与える影響

賃貸人の地位の移転に関する規定を除き、従前の実務の内容を明文化した規定が大半であるため、契約書に与える影響は薄いと考えられます。ただし、任意規定に関し特約を設けた場合、消費者を相手とする契約であれば消費者契約法9条または10条により無効となる可能性があるので、消費者にとって一方的に不利な内容になっていないか、という点に留意する必要があります。

弁護士 六角 麻由

 

先頭に戻る