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新型コロナウイルス法律相談第3回「善管注意義務と経営判断の原則」

2020.07.31

【質問】

ある株式会社の取締役をしています。新型コロナウイルスの感染拡大により、会社の将来の見通しが立たない状況が続いています。このような状況下における取締役としての判断の結果として会社に損失が生じた場合、常に会社に対する損害賠償責任等を負うのでしょうか。

 

【回答】

取締役は会社に対する善管注意義務を負っており、その義務を怠った場合には、会社に生じた損害を賠償する責任を負うものとされています。しかしながら、善管注意義務違反の有無の判断においては、取締役の経営裁量を重視するいわゆる「経営判断の原則」が認められており、取締役はその判断の結果として会社に生じた損失について常に責任を負うものではありません。

 

【解説】

1.取締役の善管注意義務

取締役は、会社に対する善管注意義務(会社法330条、民法644条)を負っており、その義務を怠った場合には、会社に生じた損害を賠償する責任を負います(会社法423条1項)。この善管注意義務の水準は、その地位・状況にある者に通常期待される程度のものとされています。

2.経営判断の原則

しかしながら、取締役には、会社の維持・成長のため、新規ビジネスへの参入や将来の市場の変化を見越しての先行投資などの積極的な判断を期待される場合があります。また、目前に迫っている危機的状況を回避するため、不確実な状況において、時間的な制約がある中で迅速な判断を迫られる場合もあります。このような判断の結果、会社に損失が生じ、または、本来得られていたはずの利益が得られなかった場合において、事後的・結果論的に評価されて責任を問われるのでは、取締役の判断を委縮させるおそれがあり、取締役にとって酷であるばかりか、株主にとっても望ましいことではありません。

そこで、善管注意義務違反の有無の判断においては、取締役の経営裁量を重視するいわゆる「経営判断の原則」が認められており、取締役の経営判断についてはその責任を問うことに慎重であるべきであると考えられています。

もっとも、経営判断の原則も無制限に適用されるものではありません。同原則が適用されるためには、①判断の前提となった事実認識に重要または不注意な誤りがないこと②判断の過程において、当時の状況に照らして合理的な情報収集・調査・照会・検討などが行われていること③判断の内容が、当時の状況に照らして企業経営者として著しく不合理・不適切でないことが必要とされています(最判平成22年7月15日、東京地判平成5年9月16日等)。また、デューデリジェンス調査や社内の意思決定プロセスを経ていること(東京高判平成28年7月20日)、専門家の意見を聴取しておくこと(最判平成22年7月15日)のほか、予見されるリスクを低減するための対策をとっておくことなども、経営判断の原則の適用における判断要素になり得ると考えられます。

3.新型コロナウイルスの影響下における経営判断の原則

経営判断の原則は、新型コロナウイルスの感染拡大による昨今の状況下における取締役の判断についても適用されると考えられます。しかしながら、その適用に際しては、特に留意が必要な点がいくつかあります。

まず、本日現在においても新型コロナウイルスの収束の時期の見通しが立たないことから、将来の予測が困難な状況にあります。このような状況下においては、ポジティブな要素に偏りすぎず、最悪の事態も想定した上で判断をすることが望ましいと考えられます。

次に、いわゆる緊急事態宣言や外出自粛要請による移動制限・事業所の一時閉鎖などにより、十分な情報収集・調査が実施できないことが想定されます。この点、締結済みの契約履行の場面では、判断の時間が限られており、義務に違反した場合には債務不履行責任を問われる可能性があることから、調査できた範囲内の情報に基づき判断せざるを得ない場面が多いように思われます。これに対して、新規の契約締結の場面では、情報収集・調査・照会・検討などが十分に実施できなければ、契約締結を延期することなども検討する必要があると考えられます。

また、新型コロナウイルスの影響下における企業経営者の判断について、何をもって合理的・適切とするか、明確な基準があるわけではありません。後で合理性・適切性に疑義が生じないよう、所定の社内手続を遵守するとともに、特に判断の根拠を明確にし、記録を残しておく必要があると思料されます。

 

弁護士 田村 伸吾

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