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大学の非常勤講師の労働契約法上の労働者性(否定)

2022.08.25

大学の非常勤講師(以下、単に「非常勤講師」といいます。)と大学との契約について、特定の講義を委託する業務委託契約(大学によっては委嘱契約などの契約名称の違いがあるものの、その契約内容は、雇用契約でなく、いわゆる業務委託契約)を締結している大学が多く存在していました。しかし、近年、大学の非常勤講師を構成員とする労働組合が複数設立され、当該労働組合と大学との団体交渉の結果などを踏まえて、非常勤講師もその希望などに応じて雇用契約を選択できるように制度変更をした大学も複数存在するようになりました(ただ、制度変更後も、雇用契約に切り替えた非常勤講師は少なく、従前とおりの業務委託契約のままの非常勤講師が多いのが実態のようです。)。

このような状況の中、非常勤講師と大学との間の業務委託契約は、実質的に雇用契約であるとの法的紛争も複数発生するようになりました。この点について、今まで正面から判断した判決例は存在しなかったのですが、当職らが大学側の代理人として関与した地位確認等請求事件(東京地裁令和2年(ワ)第17814号)について、本年(令和4年)3月28日に東京地方裁判所労働専門部である民事19部合議体が判決(以下「本件判決」といいます。)を言い渡しましたので、ご参照までにその判示内容の要旨を紹介させていただきます(なお、本件判決は控訴がなされず、確定しています。)。

本件判決は、詳細かつ緻密な事実認定の上、概略、下記のとおりの内容で非常勤講師の労働契約法上の労働者性を否定しました。

 

「被告大学の教授、准教授、専任講師等は、被告との間で労働契約を締結し、専門型裁量労働制を適用されて所定労働時間労働したものとみなされていたのに対し、原告は、担当ないし出席する授業の時間帯及び場所が指示されていただけで、特に始業時間及び終業時間等の勤務時間の管理を受けておらず、他の外部講師が実施する授業に遅刻、早退又は欠席をする場合であっても被告による事前の許可あるいは承認が必要とはされていなかったこと」

「本件契約により原告が得た収入は1年間で約57万円と生計を維持する上ではいささか僅少であるといえ、また、給与所得者であれば給与所得から控除されることになる社会保険料の徴収はされておらず、他の外部講師が担当する授業に欠席等をしたことを理由に本件契約に係る委嘱料が減額されるといったこともなかったこと」

「被告の専任講師等らが本件就業規則及び本件兼業規則により職務専念義務や兼業に関する制約を課されていたのに対し、原告は、被告から許可を得ることなく兼業をすることが可能とされており、現にCセンター以外の被告大学の部局や被告以外の団体からも業務を受託して報酬を得ていたことが認められる。加えて、原告が被告の教授、准教授、専任講師等の専任講師らと同様に本件各講義に係る業務以外の被告の組織的な業務に従事していたことを認めるに足りる的確な証拠はない。」

「以上の諸事情を総合すると、被告は、原告に対し、被告大学における講義の実施という業務の性質上当然に確定されることになる授業日程及び場所、講義内容の大綱を指示する以外に本件契約に係る委嘱業務の遂行に関し特段の指揮命令を行っていたとはいい難く、むしろ、本件各講義(原告が担当する授業)の具体的な授業内容等の策定は原告の合理的な裁量に委ねられており、原告に対する時間的・場所的な拘束の程度も被告大学の他の専任講師等に比べ相当に緩やかなものであったといえる。また、原告は、本件各講義の担当教官の一人ではあったものの、主たる業務は自身が担当する本件各講義の授業の実施にあり、業務時間も週4時間に限定され、委嘱料も時間給として設定されていたことに鑑みれば、本件各講義において予定されていた授業への出席以外の業務を被告が原告に指示することはもとより予定されていなかったものと解されるから、原告が、芸術の知識及び技能の教育研究という被告大学の本来的な業務ないし事業の遂行に不可欠な労働力として組織上組み込まれていたとは解し難く、原告が本件契約を根拠として上記の業務以外の業務の遂行を被告から強制されることも想定されていなかったといえる。加えて、原告に対する委嘱料の支払と原告の実際の労務提供の時間や態様等との間には特段の牽連性は見出し難く、そうすると、原告に対して支給された委嘱料も、原告が提供した労務一般に対する償金というよりも、本件各講義に係る授業等の実施という個別・特定の事務の遂行に対する対価としての性質を帯びるものと解するのが相当である。以上によれば、上記アの事情を原告に有利に考慮しても、原告が本件契約に基づき被告の指揮監督の下で労務を提供していたとまでは認め難いといわざるを得ないから、本件契約に関し、原告が労契法2条1項所定の「労働者」に該当するとは認められず、本件契約は労契法19条が適用される労働契約には該当しないものというべきである。したがって、本件契約につき労契法19条の適用がある旨の原告の主張は、採用することができない。」

「原告は、他の外部講師の授業に遅刻、早退し又は欠席した場合でも本件契約に係る委嘱料の減額等はされておらず、このことは、本件契約が業務委託契約ではなく、生活保障のための労働契約であったことを基礎付けるものである旨を主張する。
  しかしながら、本件契約による委嘱料が労務の対価としての賃金であれば、特段の事情のない限り、遅刻・早退又は欠勤等の労働者側の責めに帰すべき労務不提供があれば、その支給額は減額されることになるのであって、原告が指摘する上記の事情は、むしろ、本件契約の委嘱料に労務対償性がないことを基礎付けるものというべきである。」

「原告は、被告大学の専任講師は、兼業に関し、就業規則及び本件兼業規則により形式的には被告の許可が必要とされていたが、実際には講義に支障がなければ申告せずに自由に兼業できる慣例となっており、非常勤講師と専任講師との間で業務の専属性に差異はなかった旨を主張する。
  しかしながら、原告の上記供述を裏付ける客観的な証拠はなく、かえって、前提事実等において認定したとおり、本件就業規則及び本件兼業規則によれば、当該規定の適用を受ける被告大学の専任講師は被告の許可なくして兼業をすることはできず、職務専念義務を負う専任講師において許可なく兼業を行った場合には懲戒の対象となることが認められるから、そのような制約のある専任講師と兼業が基本的に自由に認められていた原告との間では、業務専属性の有無、程度に本質的な差異があったものというべきである。」

「以上のとおりであるから、原告の上記アないしオの各主張は、いずれも採用することができず、原告のその余の主張も、本件契約における原告の労働者性及び本件契約に対する労契法の適用の有無に関する前記1及び2並びに上記(1)及び(2)の認定判断を左右するに足りるものとは認められない。」
(以上、第一法規法情報総合データベース・判例ID28200814)

 

本件判決は、契約期間中週4時間を担当する非常勤講師についてその労働契約法上の労働者性を否定した事例判決ではあるものの(大学によるとは思いますが、非常勤講師の場合は上記のような週4時間前後の時間を担当するケースが多いのではないかと思われます。)、本件原告以外の非常勤講師も、授業内容等について指揮命令権を行使されず、兼業を禁止されるようなこともなく、また、労務対償性なども認められないのは、本件と同様であると考えられるので、本件判決は、大学の非常勤講師の労働契約法上の労働者性を判断する上で、重要な先例的価値を有する判決であると思われることから、本所において紹介する次第です。

弁護士 永野剛志
弁護士 六角麻由
弁護士 元由  亮

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