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M&Aにおける弁護士の役割と業務について

2020.01.20

1 はじめに

日本企業が関わった企業の合併・買収(M&A)の件数は、(株)レコフデータの調べによると、2017年に3,000件を超え、その後も毎年、過去最多を更新し続けているとのことである。

 

2014年 2015年 2016年 2017年 2018年 2019年
M&A件数 2285件 2428件 2652件 3050件 3850件 4088件

((株)レコフデータ調べ)

M&Aは様々な目的で実施されるため、件数の増加要因は多角的に検証する必要があるものの、M&Aという手法が、企業やオーナーにとって、より身近なものとして認知され、ビジネス上の有力な選択肢の一つとなっていることは間違いない。

当職も、これまで合計100件近いM&A案件に様々な形で関与させていただいたが、本稿ではその経験を基にして、M&Aにおいて弁護士に求められる役割と業務を整理したい。

 

2 M&Aにおける弁護士の役割と業務

M&Aの遂行に際しては弁護士に様々な役割が求められる。代表的なものを以下に挙げる。

(1)スキームの検証・遂行・進行管理のサポート

M&Aには、様々なスキームがあり、各スキームともメリット・デメリット、遵守すべき要件・手続等があることから、最適なスキームの検証・提案、選択されたスキームの適正・迅速な遂行、手続全体の進行管理等のためには、関連法令やM&A実務に精通した弁護士のサポートが不可欠である。

なお、スキームの選択に際しては、法律以外にも、会計・税務の観点からの検証も不可欠であり、会計士、税理士等の専門家が並行的にサポートを行うことになる。

 

(2)契約書の作成・レビュー

M&Aは、売り手と買い手の「合意」に基づき実行されるものであるため、かかる合意内容を書面化する際にも弁護士の関与が重要となる。

なお、契約書において、スキームの大枠を定め、法令上求められる最低限の事項を記載するのみであれば、内容はさほど複雑にはならないが、M&Aの実行前後における当事者双方のリスク分担や利益調整をきめ細やかに図るためには、繊細かつ複雑な取り決めが必要となり、これらを適切に契約書に落とし込む作業は容易ではない(これらは、契約書上、表明保証、誓約事項、前提条件、賠償責任等の各条項において個別に手当されていくことになり、その結果、M&Aに関する契約書は大部になることが多い)。

 

(3)法務DDの実施

上記のほか、M&Aにおける弁護士の特有かつ象徴的な業務として、「法務DD(デュー・ディリジェンス)」がある。簡単に言えば、対象企業の「法的リスクを横断的に洗い出す」作業であり、主として買い手側の弁護士が実施する。法務DDにおいては、限られた期間内において、契約書、規程類、議事録等の大量の資料を精査し、役員その他関係者のインタビューを行い、対象会社の法的リスクを分析・評価する必要があるため、弁護士側にも相応の体制や労力が要求されることとなる。

なお、以前は、法務DDは、一部の大手法律事務所しか取り扱っていなかったようであるが、最近は、企業法務系の中規模の法律事務所においても積極的に取り扱っているように見受けられる。上記のとおり、以前よりもM&A実務が根付いてきたこと、案件の規模、予算、コンフリクト等の関係で、様々な法律事務所による法務DDのニーズが発生していること、大手法律事務所からの人材の流出や、それに伴うノウハウの共有が進んでいること、などが関係していると考えられる。

 

(4)M&A実行後の継続支援

法務DDを担当した弁護士は、対象会社の法的リスクを一通り把握することになるため、M&A実行後も、顧問弁護士等の形で、対象会社の法務面を継続的にサポートするケースも多い。

法務DDで抽出された対象会社の法的リスクについては、M&Aの実行までに解消されるものもあれば、その性質や内容によっては、実行後も残存せざるを得ないものもある。これらについては、M&A実行後もリスクの推移を注視し、中長期的な改善、解消を目指すことになるため、法務DDを担当した弁護士が対象会社の実際のサポートも行うことは効率が良いと言える。

 

3 M&Aに強い弁護士とは

近時は、取扱分野としてM&Aを掲げる弁護士も増えてきたが、M&Aに強い弁護士と言えるための要素を、以下述べたい。

(1)関連法令についての正確かつ横断的な知識

言うまでもなく、M&A業務を実施するために、関連法令についての正確な知識が必須である。会社法は当然として、スキームや規模によっては、独禁法、金商法等の法規制が及ぶこともあり、さらに、法務DDにおいて的確な調査を実施するためには、重要調査項目である労務関係法から、近時、資産として重要視されている「知的財産」や「個人情報」に関する法律に至るまで、法規制を横断的に押さえておく必要がある。なお、これらの法令は、社会経済の情勢に応じて、頻繁に改正がなされ、ガイドライン等も公表されることから、常に最新の法令の動向に注意を払い、知識をアップデートしておく必要がある。

 

(2)豊富な取扱実績

M&A業務は、とにかく限られた期間内で大量の業務を行う必要があり、その過程で、様々な取捨選択や分析評価、さらには提案を求められるため、豊富な取扱実績を有していることが非常に物を言う。

例えば、法務DDにおいては、資料及びインタビューを通じて対象会社の大量の情報が一斉に開示されるが、どの辺に法的問題が潜んでいそうかという「当たり」を付けたうえで、調査範囲や調査方法の濃淡を決定し、調査の結果、抽出された様々な法的リスクについて、重要度に応じた優先順位を付け、M&Aに重要な影響を与えるものについては、依頼者に適切な手当の方法を提案することが求められるが、これらは一朝一夕に出来ることではない各案件の積み重ねにより培われていく、リスクに対する「嗅覚」や「評価選別能力」、さらには、ソリューションの検討段階での「引出しの多さ」が、非常に大きな財産となる。

 

(3)コミュニケーション能力

上記(2)で述べたように、M&A業務においては、職人的な能力が必要とされるが、他方で、コミュニケーション能力についても一言触れておきたい。

M&Aにおいては、売り手、買い手、対象会社、FA、さらには各々の立場の専門家等、多数のプレイヤーが登場するが、案件を円滑に進めるためには、各担当者との間で適切なコミュニケーションを図り、必要な報告・連絡・相談をし、意図やニュアンスの取り違えがないように良く話を聞き、担当者間で信頼関係を築き、主張すべき点は明確に主張するという、高度なコミュニケーション能力が必要である。

もちろん、どのような案件でもコミュニケーションは必要だが、M&Aにおいては、登場人物が多いこと、短期間で大量の業務を遂行し、その過程で様々な調整や折衝を強いられることから、このような能力が特に重要と考えられる。

 

4 さいごに

近時、リーガルテックによる法務サービスの効率化の議論が盛り上がりを見せており、M&A業務 においても、AIによる自動マッチングシステム、クラウド上のバーチャルデータルーム、一部の契約文言等(Change Of Control条項等)の自動抽出サービス等が具体的に提供されているようである。

上記で述べたようなM&Aにおける弁護士の役割と業務の大部分が、AIにより直ちに代替できるとは思えないものの、AIを上手く活用し、経験豊富な弁護士のノウハウが組み合わさることにより、よりスピーディーかつクオリティの高いM&Aサービスを提供出来るようになることを大いに期待したい。

弁護士 鈴木 知幸

 

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